ゲーム好き首相の存在も後押し

サウジアラビアが国策でeスポーツ支援 壮大な展望とその背景とは

#eスポーツ

「eスポーツに積極的な国」と聞いて思い浮かべるのはどの国でしょうか。多数のeスポーツタイトルを生み出してきたアメリカや、PCゲーム文化が広く根付いて強豪選手を多数輩出している韓国。そしてeスポーツ人気の高まりによってプレイヤーと視聴者数を拡大している日本も、その候補に挙げられるかもしれません。

 

しかし、2024年のeスポーツ界で“国を挙げて”最も積極的な取り組みを展開しているのは「サウジアラビア」で間違いないでしょう。産油国として知られるサウジアラビアはゲームやeスポーツが盛んなイメージはあまりないかと思われますが、この数年eスポーツ領域で急激に存在感を示しています。

 

今回はどのような経緯と背景からサウジアラビアが「eスポーツ大国」となりつつあるのか、見ていきたいと思います。

国を挙げてeスポーツ・ゲームに向き合うサウジアラビア

 

まず前提としてサウジアラビアに限らず中東地域でのゲーム文化や市場について見てみましょう。

 

中東の公用語であるアラビア語は右から左へ書くなど他言語と比較して特殊な点が多く、文化的な違いもあって「ゲームをアラビア語圏へと移植する」のは単なる文章翻訳以上の内容が求められる、手間とコストのかかる作業となっていました。それでも過去のレポートによるとサウジアラビアとUAEでは公式にサポートされたゲームが家庭用ゲーム機を中心に一定層から親しまれており、それ以外の地域でも英語版などがプレイされてきました。

 

 

そして人口に占める若年層の比率が高いこともあり、2010年代からスマートフォンの普及率が高まるとモバイルゲームを中心に大きく市場を拡大。グローバル展開されるゲームタイトルも増え、順調に成長を続ける注目マーケットのひとつになりつつあります。

 

現在はイスラエルが「中東のシリコンバレー」と呼ばれるほど、諸国のIT分野における技術力には高度なものがあり、PCゲーム文化も発展中。文化や言語の違いもあってなかなか日本まで届く作品こそ生まれていないものの、ゲーム開発も盛んに行われています。

 

ゲームそのものの人気が高いこともあって中東・中央アジアからの有力なeスポーツ選手も生まれており、2018年の『FIFA』の世界大会ではサウジアラビアのMsdossary選手が優勝しているほか、ウズベキスタンは『鉄拳』シリーズの強豪国としてコミュニティで広く知られています。

こうした国内外でのeスポーツ人気の高まりを受けて動き出したのがサウジアラビア政府です。政府の公共投資基金が100%出資で「Savvy Games Group」という会社を設立すると、2023年8月には同社主導によって首都リヤドで8週間にも渡る大規模な国際eスポーツ大会「Gamers8」を開催しました。

 

2023年末にはサウジアラビア国内に建設が予定されているエンターテインメント複合都市「キディヤ・シティ」の中に「ゲーミング&eスポーツ地区」が建設されることが発表されると、2024年夏には「Gamers8」を発展させる形でeスポーツ史上最大規模の賞金額を謳う「Esports World Cup」を開催。eスポーツ団体がスポーツ省と連携し、急ピッチで施策が進んでいるのです。

 

こうした政策の背景として挙げられるポイントはふたつあります。ひとつはサウジアラビア国内の経済を石油依存の状態から脱却するため2030年までに多様な経済発展を推し進める「ビジョン2030」構想の存在。そして、そうした動きを主導するムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相が“ゲーム好き”として知られていることです。

 

2030年までにeスポーツで3万9000人の雇用創出を目指すという展望も語られていますが、指導者本人がゲームやeスポーツの魅力をよく理解していることもあり、業界全体でサウジアラビアの動向には期待と注目が集まっています。

 

日本との関係と、国際社会からの視線

 

そんなサウジアラビアと日本は2017年にパートナーシップ「日・サウジ・ビジョン2030(Saudi-Japan Vision 2030)」を制定しています。このパートナーシップにはエンターテイメントやメディアに関する協力関係も設定されており、その一環として2021年からは国際親善試合「日本・サウジアラビアeスポーツマッチ」を実施。2023年には両国のeスポーツ団体同士で人材育成と国際交流の推進に関する覚書を締結しており、早い段階から友好的な関係が進んでいると言えるでしょう。

 

他にも「Savvy Games Group」を始めとするサウジアラビア関連企業は日本のゲーム会社に多数の投資を行っており、『ザ・キング・オブ・ファイターズ』シリーズで知られるゲーム会社SNKはサウジアラビアの「ミスク財団」が株式を100パーセント保有しているほどです。

 

 

PCゲーム文化の浸透や大会にまつわる賞金制度の整備など、eスポーツに関しては何かと欧米と比較しても後れを取っていると指摘されることも多かった日本ですが、これだけの勢いを持つサウジアラビアと良好な関係を築きながら投資の対象になっていることはポジティブな一面でしょう。

 

ただ、多額の賞金や投資、壮大な都市計画など華々しい話題の一方で、eスポーツが「スポーツウォッシング」に使われているという指摘が国際社会からあることも紹介しておかなければなりません。「スポーツウォッシング」とはスポーツなどのエンターテイメントを利用してイメージ向上や問題の隠匿を図る行為のことで、今回ではサウジアラビア国内の宗教的価値観から生じる社会問題を華々しい話題で覆い隠そうとしているのではないかという疑問が投げかけられているのです。

 

特にサッカーでは中東諸国が「オイルマネー」と呼ばれる莫大な資金を用いて有力な選手を国内リーグに呼び込む動きが活発化しています。カタールでW杯が開催されるなど中東でサッカーそのものの人気が飛躍的に高まっていることは間違いありませんが、その背景にある問題を指摘する意見についても知っておくべきでしょう。

 

また、これだけの盛大な政策があっても、一気にサウジアラビアがeスポーツの中心地になるかと言えば、そうとも言い切れません。今回の「Esports World Cup」では格闘ゲーム以外にもFPSやスポーツ、MOBA、オートチェスなどモバイルも含めて19種目が実施される大規模なものですが、この大会がそれぞれのタイトルで権威ある大会として選手を含むコミュニティに受け入れられるか、どの程度の熱量を持って取り組まれるかは未知数です。

 

今後時間をかけてイベントや大会を繰り返しながらその価値を高めていくことが求められ、何より投資やスポンサードという形以上に、やはり国内からeスポーツにおけるスター選手や人気チームが登場することが更なる発展の一助となるのではないでしょうか。

 

中東ではスポーツの人気が高まり競争力も着実に向上している反面、酷暑問題が深刻化して日中や夏季の活動について慎重にならざるを得ない側面も持っています。屋内でシーズンを問わずにプレイできるeスポーツはこうした事情にもフィットしており、今後どのような発展を見せていくのか、注目が集まっています。

 

掲載日:2024年7月9日

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