2024年6月25日、ヤマハ株式会社はライブ配信向けソフトウェアを提供する「OBS(Open Broadcaster Software)」とスポンサー契約を結んだことを発表しました。
この契約を機に複数のヤマハ製品がOBSでの使用における高い互換性の証となる機器認証を取得しており、リリースでは「OBSとの技術交流を含むコラボレーションにより、さらなるユーザー体験向上を目指した製品・サービスの開発を目指し、継続的にクリエイターの皆さまをサポートしてまいります」と今後への展望も述べられています。
OBSはPCからの配信を行う際のアプリケーションとして圧倒的なシェアを誇るソフトウェアであり、ゲーム配信でも定番となっています。そんなOBSとのスポンサー契約をはじめ、近年は東京ゲームショウにも出展するなど「ヤマハ」とゲーム・eスポーツ分野との関わりが深まりつつある背景や狙いはどこにあるのか。メーカーであるヤマハ株式会社、そして国内での販売を担う株式会社ヤマハミュージックジャパンより、担当者の方々にお話を伺いました。
<インタビュイー>
・ヤマハ株式会社 クリエイター&コンシューマー事業部 事業開発部 コンテンツシェアリング&コミュニケーショングループ 白井瑞之氏
・同 友定佳史氏
・株式会社ヤマハミュージックジャパン LM事業戦略部 山口竜也氏
・同 滝澤真二氏
──最初に、改めて今回のスポンサー契約に至った経緯・狙いを教えてください。
白井 近年はゲーム配信を含めたストリーミングがどんどん盛んになっているのを感じていました。業界をリサーチしているとヤマハ製品を使っているお客様が利用しているサービスなども自然と目に入ります。そうしてOBSさんのことを知ったのですが、フリーソフトであるにも関わらずコミュニティに対するサポートをかなり行っており、そうしたコミュニティの支え方もあるんだなと驚きを持って見ていました。我々もお客様、そして配信文化をサポートしたいという気持ちがありますので同じ方向を向いていると感じ、OBSをスポンサーシップで支えていくことで、OBSがこの先もユーザー・コミュニティを支えていくことに繋がれば良いなと思ったのが一番の原動力ですね。
──PCを持っているゲームファンの多くがOBSを利用していて、かなりのシェアを誇っているアプリケーションだと思います。このスポンサーシップの締結でどのような変化が起こっていくことが考えられますか?
白井 今後もストリーミングの文化は進化していくと思いますので、進歩の過程でハードルとなるもの、あるいはお客様がお困りのポイントがあれば自分たちも改善に努めますし、そこでOBSさんと会話することで解決できることでしたらやっていけたらと思います。製品展開という意味では、もちろん今後もゲームやストリーミング市場に向けた商品を投入していきたいという風に考えています。
──個人的には「ヤマハ」と聞くと音楽のイメージが強いのですが、近年はゲーム向けの製品も数多くリリースされています。音楽向けの製品と大きな違いはあるのでしょうか。
白井 端的に言うと、根源となる音質の部分に違いはないんです。我々は軸足を音楽制作者やミュージシャンという分野に置いていて、そこに継続して商品を投入しているんですけれど、ゲームでヤマハの商品を使ってくださる人も音にこだわっているわけですから、彼らと違いはないんですよね。もちろんユーザーエクスペリエンスについて変化はつけていますが、配信向けに大きく変えている部分は無く、変わらず音にこだわっています。
──今でこそ広くゲーマーが使用し始めている印象があるヤマハの音響機器ですが、確かに数年前はごく一部の大手ストリーマーが音質にこだわって使っている印象でした。そうした「ゲーム・配信向け利用」の先駆け的な存在については認識されていたのでしょうか。
白井 はい、認識していました。というのも、やはりエゴサーチのようなこともしていますし、お客様が商品をどうやって使っているのかは、市場に出した後も継続してチェックしていかないといけないポイントでもあります。特に近年ゲーム向けのモデルとしてリリースしている「ZGシリーズ」の担当者は自身もゲーマーなので、ストリーマーさんの使い方を見た経験が開発にかなり生かされています。
──近年は東京ゲームショウにもヤマハブースを出展されていて、ゲーム分野にも積極的に関わっているんだなと印象的だったのを覚えています。こちらについては国内販売会社であるヤマハミュージックジャパンさんにお話をお聞きしますが、まずは出展の背景から教えてください。
山口 実は20年ほど前にも一度出展があったのですが、そこからかなり久しぶりの出展となったのが2年前、2022年の東京ゲームショウで、2023年も引き続いてブースを出展しました。背景としてはやはりゲーミングミキサーとして開発したZGシリーズの発売があり、特に2022年はeスポーツ・ゲーム分野に新規参入するという意識が強く、ターゲットとするユーザーさんにアプローチできる展覧会として東京ゲームショウに出展させていただいたという経緯になります。
2022年はヤマハの防音室「アビテックス」も配信者さんの間で使われ始めていて、人気配信者の「SPYGEA」さんとアンバサダー契約を結びプロモーション活動にご協力いただいて、防音室の訴求と新発売のZGシリーズ、AGシリーズの展示販売という形でブースを組みました。昨年はZGシリーズの新しいコラボモデルの展示と、防音室も発展させ「防音室内で趣味の空間を作ろう」という内容の体験展示を行いました。
──実際に出展されてみての所感はいかがでしたか。
山口 防音室の体験は午前中で整理券がなくなるくらいで、ものすごく反響が大きかったと思います。お客様にとってもなかなか価格やサイズ感の分からないもので興味もあったかと思いますし、最近の住宅事情を考えてもライブ配信を見てもらいやすい深夜帯は音の問題もありますから、ストリーマーさんが使ってくださっている背景もあって注目度が高かったですね。ZGシリーズについても実際にゲームを体験いただく形式の展示でしたが、狙い通り音質の良さや臨場感についてポジティブな反響をいただけたなと思います。
滝澤 20年ほど前の出展は電子楽器やシンセサイザーなどをゲーム業界内のサウンドクリエイター向けて出展したものだったので、ユーザーさんに対してでアピールする出展はここ2年が初めてだったと言えます。
私はライブ配信向けの「AGシリーズ」の国内マーケティングを主に担当していますが、今はゲーマーの方にもAGシリーズをかなり使っていただいています。我々は楽器メーカーですので、商品の主な販売経路には楽器店があり、そのほかでは一般的なECサイト(通販)もございます。楽器の多くが楽器店で購入されるのに対してAGシリーズは国内の半数以上がECサイトで購入されていたんです。そのため商品のプロモーションもwebに特化していたのですが、ゲーム向けのZGシリーズの発売を機に東京ゲームショウに出展したことで、リアルなPR効果というのを再認識できましたし、我々も学ばせていただく機会になりました。
山口 AGシリーズはゲームではないタイプのライブ配信でもよく使われているんですよね。
滝澤 そうですね。いわゆる「雑談配信」をされているライバーさんに使用されています。AGシリーズの発売を始めた2015年は国内ですとニコニコ動画が主な配信プラットフォームで、機器をPCへと繋ぐことでサウンドクオリティを上げ、視聴者へのサービスを向上させる目的で使われていました。
ですが、最近では配信もスマートフォンが中心で、特にコロナ以降はプラットフォーム環境が変わり、AGシリーズの半数以上はモバイル機器やタブレットに接続して使用されています。今回のOBSさんとの提携にはそうしたユーザー層からもかなり反響がありました。なぜなら、スマートフォンでの配信クオリティに限界を感じてPCに移行しようと考えている人も多いようなんです。そうなるとOBSを使う可能性が高いですから、私の担当領域でも反響の大きいニュースとなりました。
──SNSやアプリを通じて誰でも簡単に配信できる時代ならではの事情ですね。ミキサーのお話では、確かにZGシリーズはゲーム向けとして分かりやすさを感じる点も多いです。
白井 担当者がAGシリーズを使っていて「もっとこうだったらな」と思った部分を反映させているのもあります。
友定 AGシリーズ、ZGシリーズのふたつを比較したときに異なるのは接続するものと対象とする音、そして使用する人ですね。ゲーム向けのZGでは「ゲーム機が直接繋げられたら良いよね」というアイデアが実現していますし、ゲーム音やボイスチャットの音声を臨場感と共に高められる工夫やチューニングを施しています。
従来のヤマハ製品は楽器奏者向けに特化して作ってきたものでしたが、ゲームでの使用が当たり前になってきたことで、今までヤマハ製品に触れてこなかった方も手に取ってくださるようになってきて、その変化はすごく喜ばしいと感じています。そこへ従来の専用機器の難しいお作法で作られたものを提供した場合、含まれている技術は素晴らしいのですが、どうしても使いこなすのにすごく苦労してしまうことがあります。そのハードルを解決しようと取り組んでいるのがAGとZGのシリーズです。より使いやすい体験を提供できるように、市場の声を聞きながら改善に努めていくのが今後も我々のミッションだと思っています。
△ZG01のユーザーガイドではゲーム機との想定接続例も示されている
──なるほど。先ほどお話に挙がったコラボモデルもゲーマーにとっても嬉しい要素で、着実に認知度が高まっていると感じます。
友定 グローバルなイベントでは「TwitchCon」や「Gamescon」にも出展しています。我々としては新規領域へ踏み込む初めてのチャレンジだったので、そこでお客様に気づいてもらうためにも、ゲーム界隈で皆さんが知っているようなイベントへ参加して「はじめまして、ヤマハです」と自己紹介させていただいている気持ちです。
──そして音楽のために開発された製品が配信で使われるようになったのは防音室も当てはまる例だと思います。こちらも今後ゲーマー向けにアピールしていく施策も考えられるのでしょうか。
友定 性能面とは少し異なりますが、東京ゲームショウでは初めて内装加工を施してみたタイプを展示していました。私たちとしては真っ白な背景の防音室が当たり前だったのですが、お客様に使っていただいている風景を見ながら「やっぱりオシャレな部屋にしたい」という要望がありそうだと考え、ひとつの例として提案した形です。今後も色々と検討していけるのではないでしょうか。
山口 東京ゲームショウでの防音室「アビテックス」展示には自社ブランドにこだわらずにデザイン性の高い音響パネルを使用し、、インテリア面でも訴求しました。今後もそうした形で周りのブランドも巻き込んでゲーマーの皆さんに訴えかけるものを作っていけると良いですね。
──防音室のニーズの高まりはコロナ禍の影響も大きかったのではないかと思いますが、他にも音響周りでコロナ禍を経て変化を感じることはありましたか。
滝澤 繰り返しになりますが、スマホで雑談配信などをされる方が増えたので、そうした配信プラットフォームさんとのやりとりは活発になりました。
山口 他のメーカーさんからも配信を意識したミキサーが多く発売されるようになったのも変化かなと思います。以前は配信用のマイクや簡易的なミキサーがあったかなという市場だったのが、最近は音響機器メーカーやマイクメーカーからも配信向けオーディオ機材が発売されるようになっているのが印象深いですし、今後の我々はそこでどうやって存在感を示していくかが問われると思います。
滝澤 そういう面では、便利さだけでなく「ヤマハならではの音の良さ」も好評をいただけているかなと思います。またコロナ禍以降の変化としては、配信環境がステップアップしていくタイミングを迎えているとも感じており、以前は「配信を始めてみよう」という段階だった方も、「音を良くしよう、映像を良くしよう」という他の配信者との差別化の方向に関心が向きつつあるのではないかと思います。そこでユーザーさんが一段階上のレベルを求めた時に応えられる、AGシリーズやZGシリーズでありたいと考えています。
白井 全体が底上げされているような印象がありますね。
──確かに、今は少しでも音質が悪いと配信を見続けるのも厳しいような気持ちになってしまいます。
白井 目が、というより耳が肥えてきたといいましょうか。音が良い配信が当たり前になってきて、音が悪いと逆に気になってしまう段階に来ていますよね。
──このインタビューを通じてヤマハさんがどれだけゲームや配信分野のことを考えてくださっているのかが伝わってきました。最後に、今後に向けての展望などあればお聞きしたいと思います。
白井 企画側としましては音楽が中心というのはこれまで同様ですが、隣にゲームや配信の業界がありますし、変わらずお客様のことも見えていますので、それが伝わるような商品やサービスを考えていきます。あとはゲームに限らず各分野でOBSさんのように認知されているサービスがあると思いますので、力を合わせてコミュニティを支え発展させていくということは変わらずやって行きたいと思います。
友定 マーケティングサイドからお伝えしたいことは、我々は市場の声を聞くことを重視していますので、今後もお客様とのコミュニケーションの機会を増やすことは行っていきたいと思います。それがイベントになるのか別の形になるのかは検討段階ですが。
白井 顧客接点を増やすという意味ではユーザー調査を積極的にやるようにしていて、ユーザー宅にお邪魔して実際に使われている環境を見てお話を聞くことも行っております。
滝澤 日本で配信されている方がどういう環境でやられていて、現状どういうことに困っているのか、どういうことがやりたいことは実際に聞いてみないと反映できないと考えていますので、今後はそうした意見を反映させたものが出てくることもあると思います。
山口 国内の販売会社も本社と綿密にやり取りしながら取り組んでいて、ここはかなり近い距離感です。
──ありがとうございます。それでは山口さん滝澤さんもお願いします。
山口 国内販社としては今年も『VALORANT』の大会に協賛させていただいていて、出場されているチームさんともやり取りがあり、他のメーカーさんよりも一歩先に動けているのではないかという自負もあります。これからはターゲットとなる方へのアプローチをどうするのか考えていく段階で、例えば自治体さんが開催されている高校生大会にサーベイをとって施策に反映させるなど、もっと草の根に寄った販促施策というのを国内で組み立てていきたいと思い、リソースを割いていくという展望になります。
滝澤 ヤマハは音を扱っている「総合楽器メーカー」ですので、根本的な思想はライブハウスやコンサートを思い浮かべていただくと分かりやすいと思うのですが、そこで弾いている楽器やスピーカー、イベントからその音源など、ヤマハで提供、完結できる“オールヤマハ”精神が社員にはあります。今後はAG・ZGシリーズ周りのオプション品など含め、ソフトハード両面で配信の音響を一通りヤマハでご提案できる環境をそろえていきたいですし、それを伝えていきたいです。
──デバイスを統一したいという考えはゲーマーなら少なからずあると思いますので、そうなるとさらに浸透していく可能性もありますね。
白井 必ず白と黒のカラーバリエーションを持つようにしているのも、お客さんの環境に合わせて使えるようにという狙いもあります。
──今後のヤマハさんの展開にも期待しています。本日はありがとうございました。
掲載日:2024年9月17日