eスポーツ部を持つ学校も増え、近年少しずつ盛んになりつつある高校eスポーツの世界。しかし高校生向け大会などを見てみると通信制高校の存在感が強く、公立校などが広く参加していく段階を目指してまだまだ発展途上にあると言える状況です。
そんな公立高校のeスポーツをさらに発展させるべく積極的な支援を展開している自治体が、神奈川県の横須賀市です。横須賀市は2019年から「Yokosuka e-Sports Project」として継続したeスポーツ振興を行っている先進的な自治体で、2023年には市内の高校から選抜した生徒を支援する「Yokosuka e-Sports Scholarship」をスタートしています。
今回は横須賀市役所観光課の関山さん、そして同制度を活用して学生eスポーツに取り組んでいる現役高校生のgRexさんにインタビュー。「Yokosuka e-Sports Scholarship」の概要と所感、そしてなかなかイメージが掴みづらい新たな部活動「高校eスポーツ部」がどのようなものなのか、お話を伺いました。
──最初に自己紹介をお願いします。
関山:横須賀市役所の関山と申します。市のeスポーツプロジェクトが始まってすぐにジョインしまして、高校生たちと接点を深めながらeスポーツ振興を続けています。
gRex:自分はgRex(ジーレックス)というプレイヤーネームで活動をしています、高校2年生の17歳です。中学2年生の頃からeスポーツというものに触れ始め、横須賀市の高校に進学したことでプロジェクトに参加させていただくことになりました。
──今回の取材テーマでもあります「Yokosuka e-Sports Scholarship」制度について、関山さんから簡単にご説明をお願いできますか。
関山:横須賀市のeスポーツ施策は「Yokosuka e-Sports Project」として2019年からスタートし、市内の高校へのeスポーツ部設立支援や大会の運営などを行ってきました。ただ、高校生向けの全国大会には全国各地からたくさんの強豪チームが参加するので、横須賀市の高校がなかなか勝ち上がれない状況が続いており、高校eスポーツを更に普及させていくためにも次のフェーズに進もうということで、より意欲のある生徒さんたちをバックアップして強くなってもらうことで自分の将来を切り開いてほしいという思いでスタートした制度です。2023年の夏に募集と選考を開始し、実際に選ばれた生徒さんは2023年12月から活動をスタートしました。
──では、現時点で半年ほど活動されているのですね。
関山:今年は5人の選抜生が活動しています。内訳は現在の2年生が3人、3年生が2人で、市内の3つの高校から選ばれています。
──選抜生に選ばれるとどのようなサポートが受けられるのでしょうか。
関山:大きく分けて3種類あります。ひとつめが自宅環境の整備です。こちらはゲーミングパソコンブランドのMSIさんのご支援のもと、PCやその他のデバイスなどより良い環境でプレイできるようにご協力いただいています。ふたつめはコーチングで、週に1回程度のペースで、選抜生が希望するタイトルのプロ選手やコーチをお呼びし、個人の実力やチームスキル向上のための指導を受けられます。
▲実際のコーチング中の写真
三つめはイベント見学などの機会提供です。横須賀市のeスポーツパートナーシップ制度に参加されている企業様とのイベントなど、さまざまなイベントの現場に参加することで高校生のうちからeスポーツ業界やイベントというものを体験してもらえればと考えています。
──ありがとうございます。お話しいただける範囲で構わないので、選抜生の選考過程についても教えていただけますか。
関山:応募にあたってはゲームのプレイ動画を送ってもらっていますので、それをプロチームに見ていただき「伸びしろがあるか、より高みに達せられるレベルであるか」を判断していただきました。また、面接で本人の意欲や業界に入りたいモチベーションを聞いたうえで選考させていただいています。プレイするタイトルの指定はしていませんでしたが、現在の選抜生は5人とも『VALORANT』をメインに活動しています。
gRex :そうですね。ただ、他のタイトルで活動することも制限はされていませんので、今は少なくなりましたが、他タイトルの大会に出場している人もいました。
──では、ここからは実際にスカラーシップ制度の対象に選ばれたgRexさんにお話を聞いてみたいと思いますが、まずは高校でeスポーツに取り組もうと思ったきっかけから教えてください。
gRex:小学生の頃に周囲で『FORTNITE』がすごく流行っていて、「上手い人たちによる大会が開催されている」というのを知り、自然とYouTubeで見始めたのがeスポーツ・プロゲーマーという世界を知ったきっかけだったと思います。そのころは『FORTNITE』を1人でプレイするのが中心で、2年ほど経ち『VALORANT』に出会ってからもPCを持っている友達も少なかったので1人でプレイしていました。『VALORANT』の大会がすごく面白くて夢中になり、段々と自分でプレイするよりも観戦する方が多くなり、最近はプレイする時間より大会を見ている時間の方が多くなってきていますね。
高校受験を迎え「eスポーツ部がある学校に入りたい」と考えたとき、横須賀市さんの学校が当てはまりました。「ある程度は勉強をしなさい」という家庭方針だったこともあり、当時の自分の学力よりはレベルが高い志望校だったのですが、頑張って勉強して入学してeスポーツ部で活動をしています。
──eスポーツが動機となってレベルの高い学校への進学に繋がったというのは素晴らしいエピソードだと思います。gRexさんの高校でのeスポーツ部というのは普段どのような活動をしているのでしょうか。
gRex:部員は20名ほどで、週に2~3回集まって活動しています。ただ、自宅にPCがあれば自宅から参加しても良いルールになっているので、普段から積極的に集まるのは8人くらいでしょうか。今は皆で『VALORANT』をプレイしていて、練習だけでなく大会に向けて上手いチームの映像を見ながら共通認識を組み立てたり、大会後には反省点の振り返りをしたりという活動をしています。
関山:gRexさんの学校は活動場所が特徴的なんです。
gRex:そうなんです。実は学校内に専用の活動場所がなくて、今は美術室をお借りして活動しています。ただ、そこにPCを常設できる訳ではないので、活動の度にセッティングやモニターへの接続をして、最後には元通りに片づけをしなければいけませんので、あまり環境が整っているとは言えません。
関山:gRexさんが入学する以前の2021年から部活動がスタートした学校なのですが、私の目線から見ていますと、ここ数年でやる気のある生徒さんも入ってきてここ急激に盛り上がってきているように感じます。取り組みもユニークで、文化祭で大会の予選に出たんですよね。
gRex:はい。「STAGE:0」という1年で最も大きな高校生eスポーツ大会があるのですが、その予選日が文化祭の日と被ってしまったんです。皆で文化祭も出たいけれど大会にも出たいよねと話し合い、結果として「文化祭の出し物で大会に出ているところを見せる」ことにしました。
──それはすごくユニークな発想ですね。
関山:実際に部活動のPRにもなりますし、素晴らしいアイデアですよね。
gRex:その日は無事に勝ち進めて、最終的に2つある関東ブロックの中でベスト8という結果でした。
──高校eスポーツでは通信制高校が非常に存在感を示している中で、素晴らしい成果だと思います。
関山:活動時間も限られる県立高校のeスポーツ部でこの結果は快挙だと思います。横須賀市役所としてもブロック代表になるようなら横断幕を出そうと考えています。それくらい難しいチャレンジですし、素晴らしい結果でした。
──もう少し文化祭でのお話を詳しく教えていただけますか。
gRex:当日は美術室にPCをセッティングして、来場者の方にも部屋に入っていただいて、来場者の方々の前で試合をしました。1試合目は音響の設定がうまくできなくて、いつもはイヤホンですが、来場者にもゲーム音が聞こえるようにスピーカーでプレイしなければいけないというトラブルもあったのですが、OBの先輩方が来場者の皆さんへゲームの解説をしたり歓声で盛り上げてくれたりと協力してくださったのもあり、個人的にはすごく楽しかったです。
──OBが協力してくれるというのも部活動らしいエピソードですね。
関山:gRexさんと部長さんのふたりで積極的に取り組んでくださっていて、ふたりともスカラーシップの選抜生なんです。
──そうなんですね。ここからはスカラーシップ制度について伺っていきますが、まずは普段の部活動で課題を感じることや悩みがあれば教えてください。
gRex:一番はプレイ環境ですね。日本ではまだまだ学生年代へのPC普及率も高くないですし、eスポーツに触れる機会が少ないのかなとも思います。
また、部活動としては「モチベーションの差」も課題に感じることがあります。ゲームはカジュアルに遊ぶ人が大多数で、熱意をもって競技に取り組む人は割合で見れば決して多い訳ではないですから、モチベーションを周囲に共有するというのが難しいです。横須賀市さんが大会やイベントを積極的に開いてくださるのもあってうちの学校はなんとかなっていますが、そうした機会が少ないとどうしても単にゲームをプレイするだけの部活動になってしまって、周囲からも「ただゲームで遊んでいるだけ」と思われてしまいます。
──確かに大会など分かりやすい目標がないとモチベーションが揃わなくなってしまうのはeスポーツに限らず部活動で起こり得る現象だと思います。そんな中でgRexさんは高いモチベーションを持ってスカラーシップ制度に参加されていますが、将来はアナリスト(*1)を志望されていると伺いました。
*1:アナリスト:自チームや対戦相手の情報分析を行い、プレイ傾向やクセを探し出して作戦立案に協力する、戦術面からチームを支える役割
gRex:そうですね。自分はそもそも大会観戦が好きですし、プレイする際にも頭を使って工夫するのが好きなタイプなので、大会は見れば見るほど知識が入って強くなれると思っています。また、現在の17歳という年齢と自分の実力を考えると、ここからトップ層のパワーに追いついていくのは難しいことであるとも感じました。それでもスカラーシップ制度の活動を通して「考える力は同年代の中でも負けてないな」という感触もあり、作戦面からチームに貢献するアナリストを目指したいと現時点では考えています。
──スカラーシップに応募した時や選ばれた時の気持ちは覚えていますか?
gRex:すごくチャンスだと思ったのを覚えています。選ばれると自分が普段見ている大会に出場しているようなプロ選手からのコーチングを受けられますし、それによって将来に向けて繋がりが生まれる可能性もあると思ったんです。なので、選ばれた時には「この一年をすべて注いでやるぞ」くらいの気持ちでした。
関山:選抜生として市長への挨拶にも行っていただきましたが、どうでしたか?
gRex:部屋の圧がすごくて、流石に緊張しました(笑)。
──それも貴重な経験ですね。現在gRexさんは先ほど関山さんに紹介いただいたサポートを受けているということですが、実際に活動してみての感想はいかがですか。
gRex:まずは環境の整備ですが、やはりありがたいですね。自分は高校の合格祝いとして両親に資金をサポートしてもらってPCを組みましたが、何をするにも絶妙に足りないなと感じるスペックでした。それがPCやモニターを提供いただいてからはかなりの変化を感じていて、正直「環境の変化がここまで勝ちに繋がるんだな」と驚いています。
関山:私が羨ましいくらいの環境ですね。
gRex:そうですね。結構とんでもないスペックなので、本当にありがたいです。
──なかなか自分でPCを購入したり買い替えたりというのが難しい学生年代にとって効果は絶大ですね。コーチングの感想はいかがでしょうか。
gRex:実際にコーチングを受けてみると、自分たちの視点とはまったく異なる考え方があるんだなということが知れました。ゲーム内のすごく小さな出来事でも複数の視点があったり、そもそも自分たちが知らないことを教えてもらえたり、あるいは自分たちの良いところを見つけてもらえることもあって、チームとしても個人としても成長できると感じています。
──スカラーシップ制度でコーチングを受けた内容を部活動のメンバーへと還元することもありますか?
gRex:そうですね。うちの学校からは3人が参加していますので、部内で5人チームを組んで試合する時も選抜生3人の動きのレベルが上がっていて、自然と他の部員もその基準に合わせてプレイするようになりますから、成長や大会での結果に繋がっているんじゃないかなと思います。
──コーチングを受けてみて成果や変化を感じる部分はどこでしょうか。
gRex:プレイだけではなく、コミュニケーション面で特に変化があると思いますね。自分は試合中にたくさん喋って指示を出す役割なのですが、喋る言葉の具体性を上げることや事前に共通認識を立てておくことの重要性を学んでいます。
関山:私もコーチングの現場は見させていただいていますが、gRexくんはかなり全体を俯瞰的に見られている印象です。自分だけでなく他の生徒さんがコーチングを受けている内容も知識として入っていくので、さらに視点や引き出しが増えていけば目標にも繋がっていくのかなと。かなり海外の大会も見ているんですよね?
gRex:そうですね。トップ層の試合はどれも参考になりますが、少しずつ地域ごとに特色の差もあって、自分は北米地域アメリカ地域の対戦が好きで意識的に多めに見ています。
──こうしてお話を聞いていても非常に整理された考えをお持ちだなと感じます。それでは最後に3つ目、イベントや大会に参加されてみての感想はいかがでしょうか。
gRex:企業対抗戦を見学させていただいた時には、自分が知らないだけでこんなにもたくさんの大人がeスポーツに関わっているんだなと素直に驚きましたね。対して他のイベントに参加させていただいた際にはまだまだ一般的にはeスポーツが広まり切っていないと感じることもあり、eスポーツの状況とまで言えるかはわかりませんが、そういったものを認識できる機会になりました。
関山:スカラーシップ制度についてはまず今年の5人のメンバーには継続して頑張って欲しいですし、周りの学生も制度を認識していますから自然と“見られる存在”になっていると思います。この制度が各々の夢にたどりつくための一助となって羽ばたいてほしいなと願っていますし、その結果として横須賀のeスポーツプロジェクトがより認知されていければと考えています。
これだけ力を入れてサポートしている自治体は他にないと思いますので、これからも先陣を切って走れるよう、スカラーシップ制度を含めて横須賀市のeスポーツを推進していきたいと思います。
──ありがとうございます。gRexさんもお願いします。
gRex:自分がアナリストを目指しているのもあり、スカラーシップ制度で学んだことを生かして日本の競技シーンに加わりたいというのが一番の目標です。そのためにも、今のスカラーシップのチームでは「YOKOSUKA e-Sports cup」を大きな目標と位置付けていますので、優勝を目指せるくらいのチームに仕上げていきたいと思います。
──今後の活躍も楽しみにしています。本日はありがとうございました。
掲載日:2024年9月3日