ゲームプレイ中の脳波を測定し、個人の特徴や傾向を分析することで最適なトレーニングや技術の向上に繋げる。そんな最先端の技術が2022年の東京ゲームショウに出展され、大きな注目を集めました。
この技術をブースにて展示していたのは、脳波測定用のゴム電極「Sottoブレイン」を使用した脳波測定デバイスを開発した「NOK株式会社」です。
数多くのコンテンツが出展された会場の中で存在感を放った技術が生まれた背景や今後の展望とは。NOK株式会社の技術本部 商品企画部の木村泰介さんにインタビューでお話を伺いました。
──脳波測定デバイスが開発されたのはどのような経緯だったのでしょうか。
木村泰介さん(以下、木村) 我々の会社は自動車のオイルシールという製品を主力に開発・製造・販売しており、様々な業界に横展開している中でゴムに基礎技術を持っているメーカーです。一般的にゴムと言うと電気を通さない絶縁材なのですが、かなり以前に「電気を通すゴム」というものを開発しまして、その応用としてまず人体の生体情報を採取する生体ゴム電極が生まれました。
生体ゴム電極を使用すれば筋電や心電だけでなく、取得が難しい脳波も取得できるようになり、これを部品として販売していたのですが、こうした新事業企画開発を担当していましたので、部品としてではなく脳波測定デバイスそのものを自分たちで作ろうと考えました。
──その脳波測定デバイスが「Sottoブレイン」という訳でしょうか。
木村 いえ、実は「Sottoブレイン」は生体ゴム電極部分のパーツの名称で、脳波測定デバイス自体にはまだ名前がないんです。何か名前を付けた方が良いかなとは思うのですが(笑)。
──そうだったんですね。では、その脳波測定デバイスをeスポーツ分野での活用を考えたきっかけは何かあったのでしょうか。
木村 脳波測定デバイスを何の役に立てようかと考えていたのが2018年頃でした。私事なのですが当時は『スプラトゥーン』というゲームをプレイしていてウデマエ(実力の指標)が伸び悩んでいました。そこで「脳波を計測しながらゲームをプレイすることで自分の状態を見える化、分かる化すれば、何をすれば良いかがわかるのでは。いわゆる能力向上に繋がるのではないか」と思ったことがきっかけです。
──実体験から生まれたアイデアだったのですね。実際にチャレンジされてみて、他の活用法と比較していかがだったのでしょうか。
木村 脳波の活用法としては脳波計測の結果をマーケティングに応用する「ニューロマーケティング」などが代表例に挙げられるのですが、これはデータの取得や「脳波を計測されている人が何を持って好き嫌いを判断しているか」という調査が複雑になります。
対してゲームでは、ゲームの状況と脳波が連動するので関連性が分かりやすく、振り返りもしやすいです。1試合の中で様々なアクシデントが起こるので短時間で色んなシチュエーションのデータが取得でき、データを採取するには最高の市場じゃないかと思いました。
──確かに、そのお話を聞くと非常に研究に適した環境に感じられます。
木村 医療用の脳波計については頭部に20数点の電極を装着しなければいけなかったり生理食塩水に浸した電極を使用したりと、被験者への負担が大きく大変な訳です。eスポーツをプレイするために毎回そんな大がかりなセッティングはできませんから、手軽さという点で生体ゴム電極を使用する理由としてもマッチすると考えています。
今は運動しながらの脳波測定は難しいのですが、将来的にはそうした課題を克服し、アスリート向けの測定や、工事現場で働いている方やドライバーの方向けに安全性を高める・ヒヤリハット市場へと繋げていきたいと考えています。そのための入り口としてもeスポーツ市場は魅力的なので、今後も力を入れていきます。
──eスポーツに関する研究が脳波測定の将来にも影響してくる可能性があるんですね。
木村 そうなんです。ゲームの脳波研究と聞いて安直な結びつきと思われるかもしれませんが、そうした理由付けがあってチャレンジしています。eスポーツ業界は当時から必ず伸びると言われており、着目するには非常にいいタイミングだったことも大きかったですね。
──そして2019年の東京ゲームショウには初期モデルの脳波測定デバイスが出展されました。
木村 当時のVer.1は「まずはニーズ調査をしよう」ということで、見た目はさて置いても動作することと脳波が取れることに注力しておりまして、今見ても違和感のある外観だったかなと。
──実は私も当時のものは体験させていただいたのですが、装着が結構大変でしたよね。
木村 アシスタント二人がかりでの装着が必要でしたから、とても「ご自分で」と言える状態ではありませんでしたね(笑)。ですので、2021年のVer.2ではワンタッチで機器が装着できてかつ、見た目の違和感をなくそうとヘッドバンド型に改良し、隠しきれない基盤は背中側に持って行って見えないようにしました。
外見はシンプルで違和感のない形になったと思いますが、いざ稼働してみると人の頭の形が実に様々であることを思い知らされました。人によっては上手くフィットせず、計測率が非常に悪かったんです。
──そんな苦労があったんですね。
木村 被験者がさっと装着できて、色んな人の頭に合う脳波計測機で、それでいて見た目も違和感がないものにしなければいけないと分かりました。加えて、そこまでのニーズ調査で「実力を上げたい」や「プレイ中の心理状態について理解したい」というニーズは一般ユーザーよりもプロ選手向けだなということも見えてきました。
そこでeスポーツのプロ選手に「どんな装置なら着けてみても良いと思うか」の意見を聞きまして、メガネの邪魔にならないことや好きで使っているヘッドセットと干渉しないことなどの条件を踏まえて、今年のゲームショウでも展示したVer.3のキャップ型へと辿り着きました。
──これなら素早く脱着できて、違和感のない外観ですね。
木村 実際に体験していただいた皆さんの声を聞いても、色々な要素を加味して「これが答えかな」と生み出した仮説が実証されたと感じています。もちろんこれで完成では無く、今後ももっともっと使いやすく役に立つものへと改善していかなければということで、先々のコンセプトモデルとしてVer.4も展示しておりました。
──東京ゲームショウの展示は「体験者の脳波を幾つかのタイプに分類する診断」という形式でしたが、こちらの狙いはどのようなところにあるのでしょうか。
木村 アイデアのスタートとしては「脳波を測らせてください」と体験を募るにあたって、参加者に何らかのメリットや面白さがないと不味いのでは、という思いがあったのが正直なところです。実際にやってみると、タイプ分けによって自分の知らない自分が見えるというニーズも意外とあるということが確認もできました。
△東京ゲームショウで配布されたリーフレット
リアルなスポーツで考えると、一流選手が全員同じ練習をしているわけではないですよね。人それぞれに合わせた練習があって、その根拠となるプレータイプの判定は優秀なコーチやトレーナーの方なら必ず行っていることだと思います。
そうした能力のあるコーチやトレーナーを確保するのは大変ですが、脳波データをたくさん取って行くことでAI判定が可能となります。今回のロケットリーグでは4種類に層別判定しましたが、こうしたデータから「こうコーチングすればいい」「弱点の克服方法はこう」と導きやすくなれば、能力開発をしていく中の切り口のひとつとして提供できるサービスになりそうです。
──脳波による解析が加わると説得力も変わってくるでしょうから、eスポーツにおけるコーチングの在り方にも影響があるかも知れません。そうした未来に向けて技術を完成させていくにあたって、今後はどのような研究や環境が必要でしょうか。
木村 やはりプロの方々が実際に脳波測定デバイスを装着して「これだったら使える」「これを使いたい」と思えるサービスにしないといけません。そのためには効果があることを実証する必要がありますので、暫くはeスポーツチームの方やトレーナーの方、コーチの方と実証実験を重ねていく必要があります。
理論を学術的に裏付ける解析が可能な大学の先生に参画していただくスキームも構築したいので、陰ながら進めているところです。
──今でも十分に高度な技術に感じますが、まだまだハードルはあるのですね。
木村 被験者に負担が掛かる状況が改善されまして、今ならようやく計測に協力してもらえそうな段階まで来ましたので、ここからが重要だと思っています。
──eスポーツチームとしてはどこも興味深い技術だと思います。やはり高度な環境で生かすために、さらにブラッシュアップが必要となるのでしょうか。
木村 そうですね。贅沢を言えばなんですが、トレーナーさんが所属しているプロのeスポーツチームで、かつ大学の脳研究者の方が入っている、なんて条件が揃っていれば研究がワンストップで出来そうです。ただ、このスキームを弊社だけで組み上げるのは相当難しいです。
都合のいい話にはなってしまいますが、現時点ではまだ「出来上がったものが欲しいです」ではなく「一緒に能力開発のソリューションを作りましょう」と考えていただけるチームを探しています。
──より良い研究環境に繋がることを祈っています。ここで良いものが出来上がれば、将来的には他の分野にも好影響が生まれますよね。
木村 そうですね。まずは入り口となるeスポーツに力を注いでいきます。
──NOKさんがeスポーツ分野に取り組み始めた頃から業界も随分と変化しましたが、業界全体についてはどう見ていらっしゃいますか。
木村 世界的に盛り上がっていますが、日本は遅れを取っていると感じる部分も数多くありますので、会社としても業界を盛り上げるためにもっと尽力していきたいと感じています。
また、商品企画担当チームにもeスポーツに情熱を持ったメンバーがいて「eスポーツと言えば名前の挙がる企業にまで発展させたい」と言ってくれていますから、長期的に頑張りたいと思います。
──ネーミングを含めて、脳波測定デバイスの今後に注目していきたいと思います。本日はありがとうございました。
木村 ありがとうございました。様々な意見を頂きながら、ニーズに刺さって役に立つ脳波測定デバイスへと昇華させたいと思っていますので、よろしくお願いいたします!
掲載日: 2022年12月1日