立命館大学中村教授 × 佐藤社長

【立命館大学・中村教授 】日本のコンテンツIPのチャンスと戦略

#インタビュー

昨年8月、エクストリームが保有するIP『ラングリッサー』のスマートフォンゲームアプリが中国でサービスを開始し、事前登録者数が100万人を突破するヒットタイトルとなりました。

 

本作はIP保有元である日本企業のエクストリームと、開発を担当した中国企業の天津紫龍奇点互動娯楽有限公司(中国・北京市、以下、紫龍)がタッグを組んで生まれた作品であり、中国のゲーム業界における日本のコンテンツIPのヒット事例として業界の注目を集めています。

 

現在、中国のIP事情はどうなっているのか、ラングリッサーの成功の秘訣は何か、今後日本のコンテンツIPにはどんなチャンスがあるのか――。エクストリーム社長の佐藤昌平が中国のゲームビジネスに詳しい立命館大学映像学部教授の中村彰憲氏と対談し、IPビジネスの視点で現状と未来の可能性を探りました。

 

中村彰憲氏プロフィール

専門分野は組織論、国際経営、ゲーム産業論、コンテンツ産業論。週刊ファミ通のマーケティングリポート「識者の視点」など、ゲームビジネスのコラムを定期的に寄稿。著書に『中国ゲーム産業史』(Gzブレイン)など多数。

詳しいプロフィールはこちら(立命館大学Webサイト内ページ)

 

 

劇的に変化した中国のIP管理

佐藤昌平社長(以下、佐藤):最初にお聞きしたいのが、現在の中国のゲーム業界におけるIP事情です。中国では90年代の終わり頃から、日本製の家庭用ゲーム機やゲームソフトが並行輸入という形で流通し始め、ラングリッサーもその一つとしてコアなファンに人気のゲームタイトルでした。その頃からの流れと、特にゲームアプリに関連する現状を教えてください。

 

中村彰憲教授(以下、中村):まさに今話された90年代の終わりが、中国ゲーム市場の黎明期だったといえます。当時は海賊版が横行し、日本のメーカーが関与しないところで、日本のゲームやアニメが中国の若者の間で、急激に普及していった時代でした。その後、2000年頃にオンラインゲーム市場が立ち上がり、2005年までには日本のメーカーも続々と参入していきましたが、中国の行政制度を中心とする国情が理解できず、上手く対応できなかったために、ビジネス展開の手を一旦緩めざるを得なかったわけです。

 

しかし、近年になって状況は劇的に変化しています。まず、動画配信プラットフォームが登場し、ひと昔前は海賊版で出回っていた日本のアニメが正規で配信されるようになっています。スマートフォンの普及に伴い、日本の著名なアニメ関連のゲームアプリも多数展開されています。有力なIPを持つ日本企業が、テンセントやパーフェクトなど中国の大手ゲームパブリッシャーとコラボして、莫大な収益を上げるサクセスストーリーが次々と生まれているのです。

 

 

佐藤:確かに中国のIP事情がここ数年で大きく変わっていることを、私も実感しています。大手が正規で展開するプラットフォームや事業を立ち上げ、企業も行政もIPビジネスをしっかり守り、育てていく機運が急速に高まっています。

 

中村:コンテンツ事業に取り組む大手企業もIPを使った正規のビジネスが収益の大きな柱になっているため、権利侵害を許さず、積極的に駆逐しようという立場になっています。企業には法務部門が設けられ、IPをしっかりと管理する体制が整備されています。以前のように日本の企業がトラブルに巻き込まれたり、損害を被ったりするケースは明らかに少なくなっています。

 

佐藤:そうしてIPビジネスが展開しやすい土壌が整った今だからこそ、今回のラングリッサーが実現したのだと思います。

 

中村:とはいえ、日本の家庭用ゲームで国内ではラングリッサー以上に成功している有力なIPでも、中国で全く上手くいかないケースがあります。原因の多くは、現地のパートナーとなるゲームパブリッシャーの選択ミスです。その点で言えば、ラングリッサーは紫龍というとても優秀なパートナーを獲得しました。テンセントなど大手と組んで成功する事例は何度も見てきていますが、今回は紫龍自体がベンチャー企業で、エクストリームも中国でのゲームアプリの経験はあまりなかったということですが、中国へのIP展開でベンチャーと組んでこれだけ成功するケースは非常に珍しいといえます。

 

ラングリッサーについてもう一つ特筆すべきことは、ラングリッサーが著名なアニメ由来のゲームではないにも関わらずヒットしている点です。中国で有名な日本のIPというのは基本的にアニメによって有名になったIPです。もっと言えば、家庭用ゲーム機のソフトやPCゲームで2000年代に中国で流通して認知度の高まった日本製のタイトルはいくつかありますが、それらがスマートフォンゲームアプリ化されて成功した例も一部の例外に限られています。その文脈からも、ラングリッサーは稀有な成功例と言えるでしょう。

 

中国における現地パートナーの重要性

 

中村:先ほど触れたパートナー選びですが、今回の成功はそれが鍵を握っており、今後、日本のIPが中国に進出する際に参考にすべき勘所だと思います。紫龍をパートナーにする判断をした理由を教えてください。

 

佐藤:大きく分けて二つの理由があります。一つは、紫龍の王社長が元々ラングリッサーの大ファンで、ラングリッサーに対して並外れた情熱を持っていたこと。作り手の情熱は細部へのこだわりにつながり、ゲームの出来を左右します。作り手に熱量があるかないかはプレイヤーも敏感にかぎ取りますので、ヒット作の条件にもなります。

 

紫龍・王社長

 

そしてもう一つは、王社長の頭の回転の速さとビジネスセンスの良さです。何度か面談して事業のプレゼンテーションを受ける中で、資金調達から開発のプロセス、サービス開始後のプロモーションまで、計画が完璧に練られていることに感銘を受けました。私の疑問や質問に対してもその場で即答し、できないことはきっぱりと断って線引きをする明解さも、信頼できる要素でした。

 

中村:中国では、現在テンセントなどの巨大企業が半ば独占的に日本のIPをゲーム化して収益を上げていますが、紫龍はその独壇場を打破しようとチャレンジするベンチャーの一つです。そうしたベンチャーが登場していることも、中国市場の新しい動きです。

 

佐藤:加えて、王社長がゲーム業界で数々のタイトルをローンチした実績を持っていたこと、行政と交渉できるルートを持っていたことも、パートナー選びの判断を後押ししました。

 

中村:その点は、中国でIPビジネスを仕掛ける時の非常に重要な要素です。特に行政への事業の許諾申請は、日本の企業で単独に行ったり、パートナーを差し置いて主導権を握ろうとしても上手くいかないことがほとんどです。それは中国の現地企業、その中でも限られた人や会社でないとできない、非常に難しいプロセスなのです。紫龍は設立間もない企業でありながらそのルートを持っているという稀有な企業でした。

 

佐藤:実際、今回のプロジェクトを通じて、中国の行政が許認可で大企業だけを優遇しているイメージが払拭されました。ベンチャーだろうと、大手だろうと、行政と交渉をしっかり行うことができればビジネス化を図れるのが、今の中国だと考えています。

 

世界的成功を目指すなら、まずは中国から

 

佐藤:今後、中国のIPビジネスは急拡大し、近い将来、彼ら自身がオリジナルのIPを作り出し、国内外を席巻する日も来ると思っています。それは、最近ではメイド・イン・チャイナの洋服に誰も違和感を覚えないように、中国産コンテンツIPが当たり前になる時代です。

 

中村:ここ数年の動きの速さを見れば、それも夢物語ではないでしょう。今回のラングリッサーは、紫龍の王社長のように現地の若手起業家がさらに多く育ったころには、日本企業と中国企業がゼロからIPを共同開発していく新しい連携も出てくる可能性があります。

 

ただし、現段階では、まだ日本のIPの方が強く、中国の人たちへの影響力もあります。日本国内で人気になり、中国でも認知度が高いのに進出を果たせていないIPは、新旧問わずいまだに数多くあるはずです。日本企業はそうしたIPの棚卸しをして、信頼できる中国のパートナーと提携していくことを狙っていくべきです。

 

佐藤:中国は人口をバックボーンとした経済規模が日本より断然大きい。GDPでついに追い抜かれたと思っていたら、もはやその背中も見えなくなるほどの差がついています。そうした中、今回、ラングリッサーで協業する際に中国の人たちと話をして感じたのは、投資できる金額が全く違うこと。桁外れの人口と経済規模があるため、売上の期待値は非常に大きなものになります。そのため日本で開発するよりも潤沢に資金を投入できるので、結果として品質も高いレベルになります。また、広告宣伝も大規模に展開できます。IPビジネスを行う日本企業もこのアドバンテージを活かしていくべきです。

 

 

中村:日本のグラフィックデザイナーが中国のゲームパブリッシャーに直接雇われる状況も出てきています。しかし、東京を離れて北京や上海で活動したいと考えるクリエイターはまだ少数派です。彼らはお金だけでなく、住む場所の生活空間や付加価値を大切にするため、そこはまだ東京の方に優位性があるからです。中国には池袋や秋葉原のようなコンテンツが溢れるエリアがない。そんな“コンテンツの洪水”とも呼べる場所に、刺激を受け、創作活動の糧にするのがクリエイターです。

 

佐藤:一方で上海もビルだけを眺めていたらロサンゼルスと変わらないほど近代化が進んでいます。数年もすれば、コンテンツが溢れるエリアに変貌をとげ、クリエイターが住みたくなる街になる可能性もあるでしょう。また、「デジタルクリエイタープロダクション」を標榜するエクストリームにとっては、日本以外の東アジア、東南アジアで育つ現地の人材も魅力です。日本では人口減が確実な中、私たちの次の世代は、海外の人材も囲い込みながらIPビジネスを展開することも視野に入れるべきかもしれません。

 

中村:中国は3兆円のゲーム市場が、今年は3.5兆円に増えると予測されています。中国で人気に火が着いたアプリは中国以外の東アジア、東南アジアでヒットする確率が高いとも言われています。つまり、ゲームアプリでアジア全域から拡散し、最終的にグローバルに成功するには、中国でヒットさせることが近道だといえます。日本のIPはアグレッシブにチャンスを掴みに行くべきではないでしょうか。

 

佐藤:ラングリッサーは今後、展開地域のさらなる拡大を進める予定です。中国のIP市場が成熟していく中、日本のアドバンテージが残っている間に、これからも“第2、第3のラングリッサー”を中国のパートナーと作っていきたいと思います。

 

 

■『ラングリッサー モバイル』概要

<ジャンル>シミュレーションRPG

<プラットフォーム>iOS/Android

<権利表記>©extreme ©Zlong Co, LTD

<URL> https://langrisser.zlongame.co.jp/

 

■『ラングリッサーⅠ&Ⅱ』概要

<ジャンル>シミュレーションRPG

<価格>通常版:6,800円(税別)、限定版:9,800円(税別)、豪華限定版:16,800円(税別)

<発売日>2019年4月18日発売予定

<プラットフォーム>PlayStation®4/Nintendo Switch™

<URL>https://langrisser.com/1_2/

<企画・制作>キャラアニ

<開発>シティコネクション

<監修>エクストリーム

<権利表記>©extreme ©Chara-ani Corporation 2019

 

■ラングリッサーポータルサイト

<URL>https://www.langrisser.com/

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