2023年11月、プロeスポーツチーム「BURNING CORE」が東京都から富山県へと拠点を移し、「BURNING CORE TOYAMA(BCT)」へとリブランディングを行いました。
「BURNING CORE」は2017年から『League of Legends(LoL)』の国内プロリーグ「LJL」に参戦して『LoL』部門と、『ストリートファイター』シリーズのプロリーグ「SFL」などで活躍する格闘ゲーム部門に代表されるeスポーツチームです。
今回のリブランディングにあたっては、『LoL』部門の拠点を従来の東京から富山県内の古民家を改装したゲーミングハウスへと移転しており、2024年シーズンの公式戦にも県内からオンライン参戦しています。
複数タイトルのトップシーンで活躍しているeスポーツチームが移転を決めた背景や狙いはどのようなものなのか。2018年から富山県でeスポーツ事業に取り組み、2023年5月に「Burning Core」の新社長に就任した堺谷陽平氏にインタビューで地方とeスポーツの関わりを聞きました。
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──現在は『LoL』部門の選手が富山のゲーミングハウスで活動されているとのことですが、、東京に拠点を置いていた頃と比べて、選手たちの競技への取り組み方に違いを感じることはありますか?
堺谷 陽平氏(以下、堺谷) 『LoL』部門が参加しているLJLではコロナ禍の影響もありオンラインでの対戦形式なっていますので、あまり競技の面での違いや大変さは感じていません。LJLでは以前から「Sengoku Gaming」さんが福岡県にゲーミングハウスを構えて上手く活動されているのが見て取れたので、BCTでもそれが出来るのでは考えた、という背景はありますね。
チームには格闘ゲーム部門の選手も在籍していますが、格闘ゲームコミュニティではオフラインで集まって練習する場も多く、こちらは東京と地方とではまだ少し環境が異なると言える側面もあります。それでも現在は大谷選手が富山を拠点に活動しており、地元のプレイヤーと対戦会をするなど交流も活発に行っています。
──オンライン主体の部門なら都市部とも大きな活動の違いはないのですね。
堺谷 『LoL』部門は今年からメンバーが大きく入れ替わったというのもあり、単純な比較はできませんが、私自身何度かゲーミングハウスに泊まってみたり選手と話をしてみたりという経験からすると、生活しながらゲームの練習をする活動自体は東京でも富山でもあまり変わらないんじゃないかと思います。
ただ、拠点を置いている滑川市は人口3万人ほどで富山県の中でも人口規模が小さい方なんです。自然豊かでホタルイカが名産ではありますが、プロeスポーツ選手に多い、若年層のプレイヤーにとってオフの時間の過ごし方、楽しみ方は首都圏とは大きく異なります。ですから富山県への移転という新しい環境に疎外感を持たない、ネガティブに感じない選手を集めようというのは意識したポイントです。移転に際しては選手だけでなく、新しいスタッフも加入していて、チームのアイデンティティのような基礎的な部分からもう一度作り直すような感覚で運営をしています。
──確かに長期的に過ごす大変さはあるかもしれませんが、『LoL』部門の選手もオフに釣りを楽しむ姿をSNSで投稿されていて、都市部とはまた違った良さもあるのではないかなと感じます。
堺谷 自然の中でゲームができる特別感、みたいなものは最初の頃はあるかもしれないですね。今は環境をポジティブに感じているメンバーが揃っていて、良い状態かなと思います。
──改めて、富山県への移転にはどのような背景や狙いがあるのか教えていただけますか。
堺谷 ここ数年は日本でもプロeスポーツチームが急激に増えましたが、その一方で撤退していくチームやスポンサーさんも多く、非常に流動的な状況であり、経営的な厳しさが表面化したりもしていますよね。もちろん、うまくいっているところもあれば、新たに参入されている企業もおられますが。
私は2018年から「株式会社ZORGE」を立ち上げて富山県でeスポーツ事業に携わってきましたが、今は「なぜeスポーツチームを持つのか、何が存在意義なのか」という根本的な部分を見つめなおす機会が来ているのかなと思っています。プロeスポーツチームと聞くと華やかな印象が強いと思いますが、それだけでなくもっと社会に貢献できること、役に立てることがあるはずで、そうした視点も作っていく必要があるのかなと思っていました。
以前からBCTの格闘ゲーム部門にはかなり個性ある選手が集まっていてファンも多いのですが、そうした個人の力に頼っている状態では「チームで社会への貢献や役割を作って叶えていく」ことは難しいと私は考えています。
私が地方でeスポーツ事業をずっと続けてきて感じていた可能性をアウトプットしていくためにも、富山県にBCTが来て地域社会と連携することで今までなかった新しい武器を作れれば自分たちにも良い価値があるはず。移転にはいくつか理由があってこれがすべてではありませんが、こうした観点がそのひとつですね。
──今の日本のeスポーツシーンは東京に一極集中しているような印象もあり、地方での活動の意義は大きいのではないかと思います。
堺谷 もちろん「地方での活動でこういうメリットがあります」と言葉にすることも出来るのですが、地域と向き合って何かをやっていくには時間がかかりますし、簡単に思えることでも地域の方に理解をしてもらって一緒に動くのは大変です。ですから、今私が思い描いているようなビジョンで完成するともあまり思っていなくて、周囲の人、地域の人の「こういうことに困っている」「こういうことがやりたい」という声に耳を傾けながら柔軟な形で運営していきたいと思っています。
中にはeスポーツチームにネガティブな印象を持っている人たちもいるかもしれませんが、無理に理解を求めるよりもお互いにリスペクトしあえる前向きな人たちと一緒に行動を起こして、その事例からネガティブな人にも理解してもらい、次は一緒に何かしようと巻き込んでいく方がやりやすいと感じています。上手く連携しながらやって行くことで、きっと前に進んでいくと思っています。
──まだ移転から間もない段階ではありますが地域で行われた活動や、今後予定している活動はありますか。
堺谷 昨年末には格闘ゲーム部門の選手が「富山県内や滑川市の特産品をプレゼントする」という地域のPR的な配信をして、多くの視聴者の方に集まっていただきましたね。他にも地域の子供からお年寄りまで「eスポーツをやってみたい」という方をゲーミングハウスにお招きして実際に体験してもらう会も企画しています。
拠点を構えているのは「瀬羽町通り」という場所なんですが、ゲーミングハウスとして活用している古民家を整備してくださった会社さんも「瀬羽町通りをどうやって賑やかにしていこうか」と考えている方たちなので、そこで求められていることに応えられる、地域に根差したチーム像を作りたいという思いがあります。
ただ、今の『LoL』部門は新人選手が多くチーム体制が大きく変化したばかりですから、まずは選手に負荷をかけず、チームとしての成長を目指してサポートしてあげたいという思いが今は強いですね。
──若い選手が起用され、サポートしてもらえる環境は素晴らしいと思います。
堺谷 『LoL』部門では若手選手の育成にフォーカスして取り組みたいという考えもあって、そのノウハウや実績があれば地域でeスポーツに取り組むにあたっての価値に間違いなくなりますし、今後の「富山県らしさ」に繋がる可能性も十分あると思います。地域課題・社会課題の解決だけではなく、eスポーツの新しい価値もチームとしてはできる限り追い求めていきたいですね。
──BCTの選手や試合を見てゲームを始める子供の中から将来のプロ選手が生まれる可能性もありますよね。
堺谷 高校生向けの取り組みも富山県庁さんと協力して進めていて、県内のeスポーツ部の生徒に向けて選手がプロ生活の大変さや楽しさを話す機会ができればと思っています。専業プロeスポーツ選手はまだ日本全体で見ても珍しい存在で、目指している・興味がある子供たちにとっては生の声が聞けて活動が見られる機会はいい刺激になりますよね。
これが進路を決めるきっかけになるのかもしれないと思っていて、それは選手を目指すだけでなく「相当難しそうだけど、やっぱりゲームが好きだからクリエイターになろう」と感じても良いですよね。選手を通じて与える影響は、今の段階でも十分あるのかなと考えています。
──他に今後取り組みたいと考えていることはありますか?
堺谷 瀬羽町はぽつぽつとカフェや行列のできるパン屋さんができてきて、富山県内の中でも面白い場所になりつつあると思っています。僕らがeスポーツチームとして拠点を構えて、連携してシナジーのある取り組みが出来ればなと思います。新たに宿泊施設もできるみたいなので、県外のチームがBCTの施設でブートキャンプや練習会などの合宿を開いてもらうことも面白いかなと。
あとは『LoL』が好きな子供たちに選手がレクチャーする機会は学校側も求めていることだと感じていますので、増やしていきたいですね。夏シーズンからはアカデミーリーグ(※)にも参入するので、今後LJLで活躍できる選手を発掘して、上手くトップリーグとの連携する取り組みを進めていきたいです。
(※)トップリーグに参加しているチームの育成組織が対戦するリーグ戦。
──2018年から事業としてeスポーツに携わられてきた堺谷さんはここ数年の国内eスポーツシーンの変化をどう感じていらっしゃいますか。
堺谷 ずいぶんと変わったなと思います。ストリーマーの存在がこれほどまでに影響力を持つというのは、正直あまりイメージはしていませんでした。視聴者数は多くてもあくまで「ゲームを楽しくプレイする人たち」という別の枠組みなのかと思っていましたが、今ではeスポーツシーンへの明らかに大きな影響力を持っていますよね。
──近年のeスポーツシーンにおけるストリーマーの存在感はすごいですね。
堺谷 単にゲームをプレイして視聴者数を増やすという目的になるとストリーマーが圧倒的に強いですから、競技として取り組むチームや選手がどういう価値を作って、見ている人に何を伝えられるのかは、考えなければならないと思います。
ストリーマーさんは視聴者の方から広告料での収入を得るモデルが基本ですが、eスポーツチームはスポンサー収入を得て活動するのがほとんどですから、企業さんたちにも伝わるよう「選手が、チームがどういう価値を提供できるのか」を改めて考えていかないと、危ないんじゃないかなとは思います。
──ストリーマーをきっかけにeスポーツに興味を持つ人も多い印象です。
堺谷 ゲームに興味を持ってもらった層をその先どう楽しませていくか、という深みはやはり競技的なところにあるのかなと思いますので、ストリーマーたちの方ばかりに甘えてはいられないですね。
eスポーツチームにとってライバルはストリーマーというより、他のスポーツです。スポンサードしている企業さんの狙いは近いはずで、他のスポーツはeスポーツよりもっともっと地域に根差した活動をしながらコミットしていますから。
もちろんeスポーツならではの強みはありますし、私たちの場合はこの富山という拠点があり、私たちなりに作れる価値みたいなものがあると感じていますので、それを表現していきたいです。
──eスポーツチームを続けていくハードルは高くなっていますよね。
堺谷 2020年頃は地方自治体でeスポーツに関する予算が組まれる事例も多く見られましたが、予算には区切りがありますし、同じ温度感でずっと続けていけるところは意外と多くありません。
基本的に地方で何かを立ち上げるのは難しいので行政の支援があった方が良いのは間違いありませんが、自立したビジネスモデルをしっかり作っておく必要があると思います。支援やバックアップが減って頼れなくなる前に、今のうちに形にしなければいけないですよね。
──数年前にスタートした事例がどう評価されていくかの判断が分かれる、重要な時期を迎えているということですね。
堺谷 どこかの地域がしっかりした実績を残さなければとも思いますので、バトルロイヤルゲームの最終盤のような気持ちですね(笑)。今後も活動していきたい気持ちは強い方だと思っているので、しっかりチームを作っていきたいです。
──本日はありがとうございました。
掲載日:2024年5月28日