企業と世代、ターミナルをつなぐ交流作りへ

従業員eスポーツ大会を実施した成田国際空港株式会社にインタビュー

#eスポーツ

2023年11月15日、「日本の空の玄関口」とも呼ばれる成田国際空港にて、従業員向けのeスポーツ大会が開催されました。

 

 

本イベントは空港内従業員の交流促進を図るために成田国際空港株式会社が企画したもので、イベントパートナーとして数々のeスポーツ大会を手がける株式会社JCGを運営に迎えるなど、力を入れての取り組みとなっています。

 

空港という職場の交流活性になぜeスポーツが使われ、どのような効果が感じられたのか。本事例の背景や所感について、成田国際空港株式会社より経営計画部の宮下祥氏にお話を伺いました。

 

─ 今回の従業員eスポーツ大会の経緯を企画・実施した経緯を教えてください。

 

宮下祥氏(以下、宮下) 近年、空港ではグランドハンドリング(※)や保安検査に携わる人材確保が課題となっています。中でも主力とされるのは20代から30代の若い世代で、彼らが職場への愛着を感じて「長く働きたい」と考えてもらえる環境づくりを目指すにあたって、エアラインや保安検査会社ではない我々がプラットフォーマーとしてできることを検討し、各社の若い人材をひとつに束ねるような機会を提供できれば解決に繋がるのではないか。という仮説を立てたところがスタートになります。

※航空機が定刻に離着陸できるよう空港内で行われる地上支援業務の総称

 

─ その機会を作る手段としてeスポーツが選ばれたということですね。

 

宮下 そうです。若い世代、特に「Z世代」と呼ばれる年代はSNSに代表されるようにインターネット上でのコミュニケーションが増えていて、eスポーツも彼らに好まれるコミュニケーション手段だと考えました。ただ、eスポーツ大会がどれくらい受けいれられるかは不透明で、今回は実証実験と銘打っての開催になりました。

 

私たちが場を用意して、そこへ取り組みに参画いただける企業各社に声をかけて、ご参加いただく交流自体が初めてでしたし、今回参画いただいた企業の中でも「ゲームってどうなの」という声はありました。ですが、進めてみるとやはりゲームに興味を持っている方は多く、最終的に若手社員30名の方に参加いただけるイベントになりました。

 

─ 実際に参加された方はターゲットとして想定している年齢層が多かったのでしょうか?

 

宮下 ほぼそうでしたね。今回はサッカーゲームの「eFootball™」シリーズをタイトルとして採用し、弊社を含め、5社から6人ずつが参加しました。当日のくじ引きで2人1組のチームをランダムに決めたのも盛り上がった要因の一つと感じています。当初は、企業ごとのチームで対戦する予定だったのですが、参画企業と当社で形成した企画検討委員会で若い年代の方からいただいたアイデアを具体化していく段階で「交流が目的なのでそういう方法があっても良いのでは」と意見が出て、それを採用した形になります。

 

採用タイトルについてもJCGさんが選定したタイトルの中から、検討委員会で若い年代の方々の方のディスカッションにより選定が行われ、上手く合意形成が図れたのかなと思っています。

 

─ 扱うタイトルを参加者の意見を聞いてから決められるというのは、交流会ならではですね。改めて、イベントを振り返っての所感や手応えを教えてください。

 

宮下 イベントの前に一度、少人数でのゲーム交流会を試してみたんです。その時に私は「友達の家に集まってゲームしていて、それを後ろから見ている」ような、ちょっとゆるくて温かい雰囲気を感じたんですが、本番でもそれは再現できたかなと。

 

成田空港は他の空港と比較しても広く、オペレーションが細分化されていることもあって他の会社・業種の人と交流が生まれづらい環境でした。なかなか空港内ですれ違った時に挨拶するような関係性にならなかったのですが、そんな状況を打破するきっかけになってほしいです。

 

─ 良い雰囲気で実施でき、一定の成果を感じる内容だったということですね。

 

宮下 正直なところ、上の世代では「本当に上手くいくのかな」と思いつつ、私たちの取り組みに賭けてくれた方も居たと思います。ただ、終わってみればトータルで4時間ほどのイベントになりましたが、参加者だけでなく見学に来ていた上層部の方なども、ずっと最後まで観戦されていたのが印象的でした。

 

自分の知っている人が戦っているということで、試合の観戦にも共感性が生まれたと思いますし、若い人がこんなに楽しくコミュニケーションするんだ、という普段の職場ではなかなか見られない姿が発見できていたのなら本件は上手くいったと評価されるのではないかと考えています。一体感があるイベントになったので、個人的にもやって良かったと感じましたね。

 

 

─ ちなみに、eスポーツ以外で交流会の題材として候補に挙がっていたアイデアはあったのでしょうか。

 

宮下 最初に参画企業各社と相談した際には、ダーツやビリヤードを空港内の従業員向け休憩室に置いてみては、という声もありました。ただ、空港内はターミナル3つと貨物エリアで物理的に分散しているので、今回の交流会こそ1ヵ所に集まりましたが、本来はオンラインでの繋がりが生まれるコンテンツで交流しながら、リアルで会ったときにまで広がっていくというのが理想なんです。

 

─ ターミナルごとの休憩室もオンラインで繋いで対戦できるeスポーツは非常に適した題材と言えますね。

 

宮下 そうなんです。タイトルの選定についてはJCGさんとも「本来は先に扱うタイトル・コンテンツを決めてやる方が楽」だとは確認していましたが、何万人という人間が働いている空港で、一緒にイベントを作っていく雰囲気・関係性作りも大事だと考え、意見を聞きながら選定しました。

 

─ どの業界でも共通する課題と言えるかもしれませんが、空港では若い人材が貴重になってきているのでしょうか。

 

宮下 具体的な数字までは分かりませんが、間違いなく減っているとは言われています。コロナ禍を経て空港という職場の人気そのものも下がっていると感じますし、個人的には転職が当たり前と言える時代になっていることの影響も大きいのではと考えています。

 

─ やはりコロナの影響は大きなターニングポイントになっていると感じますか。

 

宮下 私もイベントの実施に向けて色々とコミュニケーションをとっていくなかで「学生時代1回も飲み会をやったことがない」という世代も入社してきているんだなと驚きを感じました。最近は歓送迎会もなくなり、「オフィシャルかつラフ」な関係作りが難しくなっています。完全に仕事だけの仲だと息苦しいですし、ソリッドなオペレーション進行ばかりを追い求めるのもしんどい。どこか、くだけたコミュニケーションができる場も必要になっているとは感じました

 

交流会では「またやってほしい」という声も聞かれましたし、中には既に連絡先を交換されているケースも見られました。こうした「空港で働くのって楽しい」と感じられる機会は今後も訴求していくべきかと考えています。

 

─ 次回を求める声があるというのはかなり良い反響かと思いますが、同じタイトルで実施するか他のタイトルにするかなど、色々と難しい判断もあるのではないでしょうか。

 

宮下 タイトルについては、私たちのイベントの趣旨はあくまで「交流」であって、「eFootball™」シリーズに決まったのも「2人でプレイできる」という点が大きかったんです。サッカーゲームは女性にとって縁遠いジャンルかなとも思ったのですが、ある女性社員から「兄と一緒に遊んだことがあって、パスが成功しただけでも嬉しかった」という意見をもらって、採用に至りました。

 

一方で拡大という観点では難しさもあります。もっと大規模になれば事前の予選を実施するなどのアイデアもありますが、重要なのはイベントに至るまでの過程かも知れないなと、ここまで話してみて感じています。今回も事前に練習会のような機会を設けていた方もいて、本番以外に繋がりが生まれ始めています。大会本番という表面に見える部分だけではなく、その下の根っこの部分をつなげていくような、ターミナルをオンライン上で繋いで交流していく仕掛けがあっても良いかなと。

 

 

─ もし結果的に大会に参加しないことになっても、その準備段階で交流が生まれていれば目的は達成されているとも考えられますね。

 

宮下 そうですね。1度交流した人が試合をしていれば感情移入もしやすくて一体感が生まれますし、そういう仕掛けが今回もできていたかなと。例えば人気タイトルのFPSを初級者・中級者に分けて大会を、というのもアリだとは思いますが、今は「交流するフレーム」を作って、それを参画いただいた方にどう使っていただけるかに重きを置いていきたいです。企画検討委員会に入れて面白かったという意見もありましたが、委員会に人が多すぎても回らなくなってしまうので、どんどん増やす訳にもいきませんし(笑)。

 

─ 近年は「会社のイベントはいらない」とされる風潮もありますが、求める形であれば受け入れられる、ということが分かったのも大きな意義があると思います。

 

宮下 今回も強制参加ではなかったですが、若い人も機会そのものは求めているのかなと感じます。面倒な面もきっとありますが、まったく無くてもつまらないですし。企業も危機感を持って取り組んでいて、色々とご協力いただけました。

 

外部交流という観点からは外れますが、社内で仲が深まっている姿も見られましたね。中でのコミュニケーションのネタになっているのであればそれも意味がありますから。

 

─ ありがとうございます。eスポーツの活用事例として、そして企業における若い世代の交流活性の事例としても非常に興味深い取り組みとなったと感じます。

 

宮下 みんな笑顔で参加されていて、とりあえず上手くいったのかなと思います。私自身が決してゲーム好きな訳ではないので「ゲームが本当に交流に寄与するのか」と考えている人の気持ちも理解できます。そうした方に理解してもらうための入り口はかなり難しいと思うのですが、交流会で会社を問わず盛り上がっている姿を見せて「こういう景色があった方が良い」という理解を得られたのは良かったですね。話し合いながら進められたのも意義がありましたし、仲間ができればさらにイベントは良いものになっていくと思うので、今後も取り組んでいきたいです。

 

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