チームの戦術を担う頭脳

プロeスポーツチームの「コーチ」の役割とは?

#eスポーツ

精密な操作や素早い反応速度、そしてゲーム内容に関する豊富な知識を持ったプレイヤーたちによって競われるeスポーツの世界。そんな彼らのサポート役として欠かせないのが、コーチの存在です。

 

ゲームの上達を目指す人に対してプロeスポーツ選手が指導を行う「コーチング」も近年はサービスや習慣として定着しつつありますが、プロ選手が戦う競技シーンにおけるコーチの仕事はそうした基本的な指南とはまた異なっています。

 

今回はeスポーツチームのサポート役として活躍するコーチとはどんな役割なのか、その内容と取り巻く環境について解説いたします。

 

「チーム戦術」が大きなウェイトを占める存在

 

eスポーツにおけるコーチの役割のうち最も重要なものとして、チームの戦術構築があげられます。スポーツと同様に多人数で対戦するタイトルではチームの方向性や試合中の意思統一が重要であり、コーチが全体のまとめ役となってチームを組み上げます。

 

 

昨今のeスポーツタイトルは非常に細かいスパンでアップデートが行われ、ゲーム内における様々な要素に調整が加えられます。コーチは様々な戦術やゲーム内の仕様に精通していることだけではなく、常に「どのような戦術が強いか、流行している戦術があるか」など、情報収集や研究が求められる立場になっています。

 

そんな戦術的役割を担うコーチですが、殆どのeスポーツ競技はスポーツとは異なり、コーチは試合中に選手を交代したり随時指示を送ったりすることができないルールになっています。中には試合中にタイムアウトを取って選手とコミュニケーションをとるケースもありますが、野球やサッカーで見られるようにリアルタイムで指示を送る姿はeスポーツでは見られません。なぜなら、試合中はコーチではなく、選手の中から指示を出す役割の人がおり、担当選手はインゲームリーダー(IGL)と呼ばれています。

 

しかし、試合中に指示を出せないからと言ってコーチの影響力が小さい訳ではありません。コーチは、対戦相手に対策を講じられないよう、選手の個性や得意苦手を考慮しながら考え得る状況に応じた戦術を常に幾つも用意しなければなりません。また、同様に戦術を練っているであろう対戦相手を想定した対策も考案することが求められます。

 

そうして組み上げた戦術を選手たちが発揮する場が試合ですが、タイトルによっては試合前にコーチが行う重要な仕事があります。それは、対戦相手と使用するキャラクターなどをドラフト形式で取り合う「バン&ピック」です。

 

例えば、世界的なeスポーツタイトル『League of Legend』では160体以上のキャラクターが登場しますが、中には特定のキャラクターに対して非常に強い「カウンター」と呼ばれる相性のような関係が存在します。自分たちの得意な戦術のために、キャラクターを選択(ピック)するだけでなく、相手にカウンターとなるキャラクターをピックさせないよう除外(バン)することも重要であり、この「バン&ピック」は試合の行方を大きく左右するものと考えられています。

 

他にも、キャラクターではなく対戦するマップを「バン&ピック」で選択するシューティングゲームも多くあり、時にはバンする前提で特定のマップを全くチーム練習に組み込まず、他マップの戦い方を磨くことを優先することもあります。コーチは自チームの得意な戦術を狙うのか、それとも相手の得意な戦術を使わせないことを優先するのかなど、チームの勝敗に関わる柔軟な判断が求められます。

 

加えて、技術面のコーチングが絶対ではない点もスポーツとの大きな違いです。ゲーム操作には体格などフィジカル面の影響が小さく、歴史が浅いこともあって絶対的に正解とされる操作方法や指導方法も確立されていません。eスポーツチームに加入する選手は既に十分な個人技術を持っていることも多く、そうした背景からチームのコーチによる技術の指導はあまり重視されておらず、選手の多くは自己流で操作を磨いています。

 

スポーツにおいては戦術面を担当する監督と技術面を担当するコーチの役割分担が決まっているイメージもありますが、ここまで紹介したようにeスポーツではそこまで細分化が進んでおらず、同じ「コーチ」という言葉で表す立場ではあるものの、基本的には監督のような「チームの戦術担当」であるとの認知が進んでいます。

 

そのため、格闘ゲームなど個人間での対戦を主とするジャンルでは戦術も選手本人に委ねられる面が強く、コーチという役職はあまり一般的にはなっていません。

 

他の役割を兼任するケースも

 

試合中には直接指示を出す機会が少なく、スポーツに比べると役割が狭いようにも感じられるeスポーツのコーチですが、まだその役割が完全に固まりきっていないからこそ、現状は指導者以外の役割も求められている例も存在します。

 

例えば対戦相手の分析。現在のプロスポーツ界では「アナリスト」と呼ばれる分析官が活躍していますが、eスポーツ界では専門の人材を置けるチームばかりではなく、コーチの担当領域となっている場合も少なくありません。

 

 

戦術を一手に担う観点から、チームが選手を新規に獲得する際の面接など、採用に携わることもあります。競技のための研究・分析や選手への指導以外の役割を担うことで負担が大きくなると考えられますが、チーム作りのためには選手の特徴や人柄を把握することも重要です。選手との円滑な関係性を築くためにも、コミュニケーション能力などマネジメント職のようなスキルも次第に求められるようになっているのではないでしょうか。

 

大規模なプロシーンが展開されているタイトルともなれば、選手とセットでの移籍が実現したり、強豪チームからの引き抜きも行われたりと、選手と同様に脚光を浴びつつあるeスポーツコーチ。現在はプロ選手のセカンドキャリアの選択肢にもなっていますが、日々新たなタイトルがリリースされているeスポーツ界では、他タイトルでのプロ選手経験や分析力を生かしてプロ選手経験がないタイトルでもコーチを務める人材も増えています。

 

スポーツ界でもプロ選手経験のない監督がトップクラスのリーグで指揮を執る例も増えつつありますが、eスポーツ界では一足先に「選手としての実績」を重んじる風潮が取り払われていると言えるでしょう。

 

時にはチームのブランディングの一環として表に出たり、ゲームに関して発信活動を行うことを求められたりと、スポーツとはまた違った角度で多彩な能力を必要とされるeスポーツのコーチ。これからさらに専門性が高まって行く分野のひとつでしょう。

 

 

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