社会実装へ、次は新たな「体験」の創出を

建築とeスポーツを繋ぐ、建機の遠隔操作大会「e建機チャレンジ」の進化とは

#eスポーツ

2023年9月1日、建設機械を遠隔操作し目標クリアまでのタイムを競う大会「e建機チャレンジ2023」が開催されました。昨年10月に行われた第1回大会については本コラムでもインタビューを行っており、建築業界の新たな人材として親和性の高いeスポーツ分野の若者に熱い視線が注がれていることなどを紹介いたしました。

あれから約1年を経て「e建機チャレンジ2023」は最新技術によって進化し、また新たなステージへ歩みを進めています。

 

今回は「e建機チャレンジ2023」を推進する『一般社団法人運輸デジタルビジネス協議会(TDBC)』から代表理事の小島薫氏と事務局長の鈴木正秀氏、そして本取り組みを推進するグループのリーダーを務める『EP Rental株式会社』依田隆氏、サブリーダーの『伊藤忠商事』池田靖氏、計4名にインタビューを行い、昨年からの変化や、建築業界とeスポーツ分野との接点の生み出し方、今後の更なる発展についてお話を伺いました。

 

──昨年の「e建機チャレンジ」から今年の開催までの歩みを振り返っていただけますか。

 

小島 「第1回目の昨年からの進化」が大きなポイントだったと思います。前回と同様に国土交通省さんが今年も開催を予定しています「遠隔施工等実演会」と連携したタイアップ企画として進めることができましたし、建設機械の遠隔操作技術が社会実装により近づいていると皆さんにご理解いただくため、そして広く普及させていくためにも、よりレベルアップした内容を目指しました。

 

池田 今年の「e建機チャレンジ2023」はテーマとして「Challenge to evolution(進化へのチャレンジ)」を掲げ、共創プラットフォームとしてたくさんの企業さんに参加していただきながら、色々な方面で新しい機能をお見せすることに挑戦しました。

 

 

例えば、遠隔操作可能な距離です。昨年は操作会場と実際に重機が稼働する現場とは約70㎞離れていましたが、今年はさらに拡大して東京・大阪間の約400㎞離れた会場を繋ぐことに成功しました。他にも衛星を利用して映像を届ける通信技術や、ソニーグループ株式会社さんの3Dカメラを使用した映像技術など、さまざまな新技術を取り入れています。そして一番重視している安全技術の面でも、AIカメラを活用して警報を鳴らす技術を導入しました。

 

──僅か1年で非常に大きな進化ですね。

 

池田 そういう見方をしていただけると有り難いですね。建設業界のみならず電力業界などの他業界のみなさんからも「一緒に頑張っていきましょう」とご協力を得て、取り組みを進められたので、分野を跨いだ関係性でも発展がありました。その後、中部電力パワーグリッド株式会社さんにはTDBCにもご加入いただき、建設・電力・林業などは“お隣同士”のような関係ですので、こうした協力関係が実現できた意義は大きいと思っています。

 

──実際に9月1日に行われた第2回大会の手応えはいかがでしたか。

 

池田 運営では、マネジメントのトラブルがあり、若干の空白の時間を招いてしまったのが反省点でした。ですが、そのトラブルを共創の精神で助け合い、すぐに解決できたのは良かったと思いますし、当初お見せしたかったもの全てお届けできたので初期の目的は達成されたかなと考えています。加えて災害活動に活用していける新型の特殊機械「スパイダー」のデモンストレーションも実現できました。

 

 

──前回の取材で「e建機チャレンジ」の大きな目的に建設分野への人材創出があるというお話を伺いましたが、技術の進化によって防災分野など更なる可能性が広がっているのですね。

 

池田 「遠隔操作技術の社会実装」が第一の目的ではありますが、「働き方改革」や「新しい人材の創出」も、その次に来る大きな目標です。親和性の強いeスポーツプレイヤーの皆さんや学生さんにこの業界に入ってきて欲しいなという気持ちは強くなりましたね。

 

──実際の導入にあたっては関連法令や資格制度の整備なども必要になってくるのではないかというお話もありましたが、現状はいかがでしょうか。

 

小島 

既に、国土交通省さんも「建設機械施工の自動化・自律化協議会」を設置し積極的に推進されており、昨年の「e建機チャレンジ」をきっかけに、その中の「自動施工機械・要素技術サブワーキング」メンバーとしてTDBCも参加しています。

そこでは、「安全ガイドライン」を安全計画の拠り所として「現場検証」の実施計画書を策定し、「現場検証」を実施、その結果を受けて今後「安全ルール」を策定することになっています。

 

──先ほど池田さんから「安全技術を重視している」というお話もありましたが、未経験者も取り組みやすい制度とするためには安全も重要なポイントですよね。

 

小島 

その通りですね。先ほど紹介しましたように遠隔操作を含めた安全な作業を実現するための「安全ルール」の策定などの取組も進められていますので、いずれ確実に実現できると認識しています。ただ、実際の普及のためにはそれ以外にも解決する課題がありますので、みなさんとともに少しずつ解決しながらという段階です。

 

──第2回の開催を終えられた直後ではありますが、今後に向けてはどのような課題感やプランをお持ちでしょうか。

 

池田 まさに新年度のキックオフミーティングを控えている段階なので、まだ組織としての見解ではないのですが、私個人としては先ほども申し上げた通り、社会実装の段階で新しい人材が実際に業界へと入って行く姿をお見せする必要があると考えています。業界全体での協力や理解が必要にはなりますが、そういう流れが伴ってくると、より意義のある取り組みになってくるのかなと。

 

──確かに先例となる人材は大きな意味を持つことになりそうです。

 

小島 

その観点では今回の「e建機チャレンジ2023」でひとつ大きな発見がありました。私たちは「ゲームの経験が実際の建機の遠隔操作技術者というリアルビジネスに生かせるのではないか」という仮説からeスポーツ分野の方たちに向けて、例えばセカンドキャリアとして建設の世界に入っていただき、活躍してもらえるのではないかと考えているのです。今年は、プロのオペレーターチームが優勝しましたが、準優勝は、元々プロゲーマーとして活動されていた方がいるチームだったんです。

 

彼は既に現場で実際の建設機械を操作している経験もあるので未経験者とは少し異なるのですが、それでも実際に話を聞いてみると「まさにゲームの経験が、今回の建機の遠隔操作に活かせている」とのことで、仮説は正しかったんだなと証明されたような感覚で非常に感慨深い出来事でした。

 

△大会の様子(画像はYouTubeより引用)

 

──eスポーツと建設、どちらもプロとして活躍された経験を持つ方の意見は非常に貴重で、大きな意義がありますね。

 

小島 ゲームが好きでeスポーツの世界にチャレンジしていた方が、そこで積み上げた技術を建設業界にぶつけていただき、素晴らしい成果を出す。そうした想像が現実になっている訳ですよね。建設という国を作る部分と、災害救助という社会貢献、その両方を若い力を持つ皆さんによってダイレクトに実現できると証明されたと思います。

 

依田 私は実際に現場で「e建機チャレンジ」に立ち会っていましたが、個人を表彰する「MVP賞」に選ばれたのは女性プレイヤーの方でした。非常にバランスよく素晴らしい操作をされていましたし、優勝したプロオペレーターのチームはお互いの経験やコンビネーションがタイム短縮に反映されたかなと思いますが、単純な積み降ろしなどの作業タイムではプロゲーマーや女性プレイヤーの方がむしろ良い成績だったのではないかと感じましたね。

 

鈴木 当日に2,3時間だけ練習しただけでオペレーターにそこまで追いつけている段階ですごいと思いますね。もう少し詰めれば追い抜けるのではないでしょうか。

 

──単純にゲームと比較して良いのかは分かりませんが、シンプルな操作技術に加えてコンビネーションや計画性が求められるというのは、ゲーマーにとって魅力的に映る要素かも知れません。

 

池田 実際に昨年も今年も参加されたeスポーツプレイヤーのチームの皆さんはかなり作戦会議をされていましたね。残念ながら優勝はできませんでしたが「本当に勝ちたかった」という姿を見せて一生懸命に取り組んでくださっていたので、これは現場の作業を任せてもちゃんとやってくれるだろうという信頼感も生まれました。

 

──今年のように技術が進化して環境がどんどん変わっていくというのも、ゲームに対する適応力を発揮出来る要素だと思います。

 

池田 本当に親和性があると感じます。我々としては、まず建設機械の資格を取得していただき、その後、遠隔操作の教習ガイドラインを策定して取り組んでいただくという形をイメージしています。そのためにも、日頃から建設機械に触れるシチュエーションや環境づくりが今後はテーマになってくると思います。

 

鈴木 練習ならシミュレーターでも可能ですし、eスポーツプレイヤーの皆さんなら実機での習熟速度とそこまで変わらない成果が出るのではないかとも思いますね。

 

小島 実は遠隔の問題点として「生産性の低さ」が挙げられており、プロのオペレーターでも実機と遠隔では生産性が下がるという研究結果もあります。その要因のひとつが遠近感で、どうしても現場を肉眼で見るのとカメラを通して見るのとでは差があるのですが、今回展示いただいたソニーさんの3D映像技術では専用の眼鏡等を着用せずに非常にリアルな映像が見られるんです。その技術が普及してくれば生産性を下げている要素が取り除かれて、いずれはゲーマーの皆さんがより強い世界になってくるのかなとも予想されます。

 

──そうした魅力に気づいてもらうためにも、今後はeスポーツ分野との接点を増やしていくことも求められるのではないでしょうか。

 

池田 そうですね。これまでは個人的なネットワークを通じてeスポーツ経験者の方に出場を打診していましたが、様々な地域で予選を開催して、その決勝として「e建機チャレンジ」がある、という仕組みなどは理想ですよね。これを実現しようとすると非常に大変ではありますが。

 

鈴木 他にも、予選だけは各地でシミュレーターで行い、決勝戦は実際に遠隔で本物の建機が操作できる、というのも面白いかも知れません。

 

──となると各地の施設で遠隔操作が体験できたり、ゲームショウのような展示会で多くの人の目に触れる機会を作ったりというのも効果的ではないでしょうか。

 

小島 そのような形を色々と考えていけば良いかなと思います。まずは広く知っていただくことが大事で、そして体験していただくこと。年1回のイベントだけではなく、日々体験してもらえるような場所があれば理想ですし、オンライン上からでも体験いただける可能性があるのも遠隔操作のメリットですから。

 

──いわゆるeスポーツカフェのような場所で操作が体験できると、広く目に留まる可能性もあるかも知れません。最終的にはそこから仕事が可能になることもあるでしょうか。

 

小島 それは面白いですね。本来ならお金を払って利用する施設で建設機械を遠隔操作して仕事をすれば、むしろ収入になってしまう。流石にこれは妄想ではありますが、可能性が全くないとは言い切れません。

 

──少しの時間だけeスポーツ施設で仕事をする、という働き方が実現する未来も有り得ます。

 

池田 そのためにも、できれば遠隔だけではなく実際の建設機械を触っていただく機会も実現できないかなと思います。これも完全にアイデアだけのお話になってしまいますが、実機の講習を行っている施設で「ゲーマーウィーク」としてゲーマーの皆さんを招待する期間を作れば話題にもなって効果的かなと。

 

依田 よく私たちの日常では高性能なスマートフォンの性能を30%くらいしか使いこなせていない、なんて説も耳にしますが、建機も同様なんです。年々機能は進化していますがベテランのオペレーターさんは慣れたやり方を好むのであえて新機能を使わないことも多く、それなら全く未経験から学ぶ人の方が新機能には馴染める可能性もありますので、やはり実際に触ってみて欲しいですね。

 

──やはり実際の建機を触ってみないと分からないこともありますか。

 

依田 そうですね。結構ワクワクしますよ。今は冷暖房完備ですし、全て無線で受け答えも可能なので昔の「3K」のイメージとは程遠いですね。

 

池田 実機を触ってもらうと意欲もわいて習得のモチベーションにも繋がると思いますし、体感したことが遠隔の操作にも生きてくるはずです。実際にそうしたステップで操作を体験していただいて、非常に良い反応を頂いた学生さんもいらっしゃいます。

 

──今回はあくまで展望という形で少し奇抜なアイデアについても考察いただきましたが、こうした中から実現する可能性も捨てきれないのが発展途上にあるeスポーツ分野の魅力かも知れません。

 

池田 現実的に実際の建機を触っていただく機会を作るところからeスポーツ施設で仕事ができる可能性まで、色々と夢想しながら将来について考えていきたいと思います。

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