ゲーマーが建設業界の貴重な人材に?

建築とeスポーツを繋ぐ新たな取り組み「e建機チャレンジ」の背景と展望

#eスポーツ

2022年10月、建設機械を遠隔操作し目標達成までのタイムを競う大会「e建機チャレンジ」が開催され、千葉県の現場から約70㎞離れた操作会場で数多くの参加者がリモート操作の腕前を競いました。

 

現役の建設機械オペレーターも参加した本大会で存在感を放ったのが、普段はeスポーツに取り組んでいる学生やプロプレイヤー。実は今、建築業界の人手不足を解消する存在としてeスポーツ業界へ熱い視線が注がれているというのです。

 

eスポーツと建築。一見縁遠いようにも感じられる2つの業界の懸け橋となった「e建機チャレンジとはどのような背景と狙いを持って行われたのか。同大会を開催した「一般社団法人 運輸デジタルビジネス協議会」から代表理事の小島薫氏、そして伊藤忠TC建機株式会社から営業推進事業部事業部長補佐の池田靖氏にインタビュー取材を行い、現在の建築業界の課題や「e建機チャレンジ」の今後についてお話を伺いました。

 

──本日はよろしくお願いいたします。

 

小島薫(以下、小島) 運輸デジタルビジネス協議会の代表理事を務めております、よろしくお願いいたします。

 

──リモートで建設機械を操作する「e建機チャレンジ」にeスポーツ経験者が参加するに至ったのは、どのような背景があったのでしょうか。

 

小島 まず「運輸デジタルビジネス協議会」について説明させていただきます。私たちは運輸、建設業界において1社では解決が難しい課題をともに解決していくことなどを目的に2016年に設立され、2018年に一般社団法人化した協議会です。2022年10月現在で、運輸、建設事業者から支援事業者まで計173社の企業、団体が参加しています。

 

協議会には9つのワーキンググループが活動しているのですが、その中でも「遠隔操作・自動化で実現する安全・安心な作業現場と迅速な災害対応」ワーキンググループが、今回の「e建機チャレンジ」を推進しています。

 

──建設機械の遠隔操作技術が建設業界の課題解決に向けて大きな可能性があるということでしょうか。

 

小島 はい。遠隔操作技術は作業の安全性向上や災害支援など数多くの期待を寄せられている分野です。中でも今回の「e建機チャレンジ」にeスポーツ選手やeスポーツ経験のある学生に参加いただいたことは、新たな人材創出・育成という課題の面で大きな可能性があると考えています。

 

──eスポーツ分野の人材を建設業界へ、という意図がある訳ですね。

 

小島 建設産業では就業者・技術者の高齢化が進行しており、55歳以上が約34%を占めるのに対して29歳以下は約11%と、次世代への技術継承が大きな課題となっています。高齢者がリタイアしていくことによる人材不足も深刻で、総務省による労働力調査を基にした予測によると、2025年には労働者数350万人の需要に対して供給が216万人と、約130万人ものギャップが生まれる見込みです。

 

 

既に他の業界で働いている方を勧誘して、130万人の人材をまかなう、というのは中々現実的ではありませんが、非就労者層を呼び込むことで新しい人材を発掘・育成していくことに課題解決の可能性を感じています。中でもeスポーツ選手を引退された方などは、まだ年齢も若く普段から最先端の機器に親しんでいることでその経験が活かせる可能性が高く、また、遠隔操作などの新技術への対応力も高いと考えられますから、うってつけの人材だと思います。

 

──確かにeスポーツは選手寿命が決して長くない分野であるのにも関わらずセカンドキャリアの在り方が確立されていませんので、そういう意味では双方にとってメリットのあるアイデアだと感じます。

 

小島 本当にその通りだと感じています。建設機械の遠隔操作技術の社会実装にあたっては人材育成の取り組みや法令の整備など取り組まなければいけないことも多いのですが、「e建機チャレンジ」で一定の成果があったと感じております。そのあたりはワーキンググループにサブリーダーとして参加されている伊藤忠TC建機の池田さんに詳しくご説明頂こうと思います。

 

池田靖氏(以下、池田) よろしくお願いいたします。

 

──よろしくお願いいたします。まず、10月に行われた「e建機チャレンジ」について概要をご説明いただけますか?

 

池田 「e建機チャレンジ」は2人1チームで油圧ショベルとキャリアダンプを操作して決められたコースで作業を完了させるまでの時間と正確性を競う大会で、eスポーツ選手から学生、現役のオペレーターの方までご参加いただきました。

 

実際に建設機械が稼働する現場となったのは千葉県にある「千葉房総技能センター」で、普段は技能講習や実証実験などに使用される施設です。実際に参加者が集まったのは六本木の会場で、こちらは通信環境があれば場所は問わないのですが「都心の高層ビルから千葉県にある建機を遠隔操作する」構図にシンボリックさを感じていただけるかな、という狙いもありました。

 

──実際に大会の模様を拝見しましたが、ゲーム機筐体によく見られるようなレバーで操作しているのが印象的でした。

 

池田 仕組みとしては建設機械の中に機械式制御装置を後付けしてレバーやシフトをモーターで動かしています。操縦者は建設機械のアーム、操作室、天井などに取り付けたカメラの映像を見ながら操作するのですが、大会では現場を俯瞰で見るような角度の映像もあり、これも操作のしやすさに繋がっていたかもしれません。

 

 

△「e建機チャレンジ」大会中の様子(YouTube 伊藤忠TC建機公式チャンネルより)

 

──確かに上から自分が操作している機体を俯瞰で眺める視点はゲームの感覚に近いものがあるかも知れません。

 

池田 そうですね。あと遠隔操作の特徴としては、常に通信を必要とする点です。5月にプレ大会として操作環境をテストした際にはそこで少し課題も見つかったのですが、本番は70㎞離れた会場同士の通信も問題なく終了しました。1000㎞離れたケースの実績もあるので、距離については一定のインターネット環境が整っていれば自宅からでも問題なく取り組めるのではないかなと考えています。

 

──大会にはeスポーツ選手、いわゆるプロゲーマーの方が参加したとのことですが、結果や内容をどのようにご覧になりましたか。

 

池田 eスポーツプレイヤーチームは建設機械の操作は全くの未経験だったところからのスタートで2位という結果でした。遠隔建機の操作自体はゲームと同じようなコントローラーを使用するので、説明を受ければ未経験の方でも動かせるような難易度だと思います。 eスポーツ選手の中でも高いスキルを持っていないと難しいという訳ではありませんが、飲み込みの速さであったりチームでの連携であったりという部分では参加者の中でもスムーズさを感じたので、順位以上に適性を示す内容だったではないかと思います。

 

──ありがとうございます。では、今後eスポーツ選手や選手志望の人材を実際に建設業界へと呼び込んでいくためにはどのような課題があるのでしょうか。

 

池田 まず、遠隔操作技術を社会実装していくにあたっての課題がいくつかあり、遠隔操作の資格の整備や、その取得のための教育制度の構築、そして遠隔操作できる建機が各地に普及することなどが必要です。

 

その上で、eスポーツ分野に限らず新たな人材に訴えかけていくためには、建設業界へのイメージを変えていく必要があると考えています。やはり建機の操縦などの現場仕事には体力的な負担や危険性、あるいは人間関係の難しさなどハードルが高いイメージをお持ちの方も少なくないと思いますが、遠隔操作であれば自宅からひとりで従事することも可能になるかもしれませんし、環境が整えば夜間だけや副業での参加など、働き方の幅も広がると思います。

 

──eスポーツに取り組んでいる人ならばインターネット環境の不安も少ないと思われますし、働き方によっては現役選手を続けながら副業で取り組みたいというケースも増えるのではないでしょうか。

 

池田 そうですね。eスポーツ選手を目指しながら研修を受けて遠隔操作用の資格を取得しておく、というスタイルも想定されます。

 

──「eスポーツ選手」という進路は若年層に人気ですが、誰でもなれる職業ではないので、選手を志す子供や親御さんには将来への不安も少なくありません。そこでゲームの経験を糧に建設業界で活躍できる例が示されれば、eスポーツ界にとっても非常に明るいニュースになるのではないかなと感じます。

 

小島 eスポーツプレイヤーの方は「e建機チャレンジ」の結果もそうですが、大会に取り組む姿勢なども本当に好印象で、良い関係を築いていきたいと思いが強くなりました。

 

──今後はこの取り組みを広くeスポーツファン、選手へと広めていくことも必要になるのではないでしょうか。

 

池田 プロゲーマーの中には非常に人気があって影響力をお持ちの方も多いので、そうした方にチャレンジしていただくなどの取り組みも考えられます。

 

──まだまだ広がりがある取り組みだと思いますので、今後も注目していきたいと思います。

 

小島 大げさではなく、本当に建築業界の未来を担う明るい取り組みだと思っていますので、多くの方に知っていただきたいですし、これからも社会実装に向けて活動を続けて参ります。

 

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