金融業界での利用が進んでいる技術として「エンジニアが知っておきたい、ブロックチェーンの仕組みや開発言語」でブロックチェーン技術についてご紹介しました。
その後、仮想通貨などで注目を集めてきたブロックチェーン技術ですが、2022年現在、どのような業界で活用されているのでしょうか。
今回は、現在のブロックチェーン市場と、活用例、そして、エンジニアにどういった可能性が開けるのかについて考察していきます。
ブロックチェーン業界は、2020年のコロナショックにより、純粋な研究開発プロジェクトの予算が削られ、より現実的なアプローチによる実用的な取り組みが増えました。
その現実的なアプローチの成果が、実社会に影響を及ぼすまでに、あと5~10年程度はかかるとの予想が支配的ですが、長期的な研究プロジェクトがストップしたことによって、将来的にブロックチェーンの進歩が遅れる可能性も指摘されています。
2020年にミック経済研究所より発表された、「大きく活用用途広がるブロックチェーン市場の現状と展望 2019年度版」では、「同市場は年平均成長率66.4%増で成長を続け、2024年度には1,000億円を超える市場へと成長」とされています。
出典:大きく活用用途広がるブロックチェーン市場の現状と展望 2019年度版|ミック経済研究所
なおこれは、矢野経済研究所が2019年に発表した予測で、「2022年度の国内ブロックチェーン活用サービス市場規模(事業者売上高ベース)は1,235億9,000万円に達すると予測」しており、「2017年度~2022年度の5年間の年平均成長率(CAGR)は108.8%」としているのに比べると、やや控えめです。
では、2022年現在、ブロックチェーンはどのような領域・業界で用いられているのでしょうか。まずは、ブロックチェーン技術の進化を記した、以下の表をご覧ください。
ブロックチェーン市場は、新しい技術が古い技術を駆逐するのではなく、過去のモデルを残しつつ、新しい領域によってマーケットを拡大することで広がってきました。
現在のブロックチェーンは、ブロックチェーン1.0の仮想通貨プラットフォーム、2.0の金融分散型プラットフォーム、3.0の非金融多用途プラットフォームが共生している状態です。
領域・業界としては、
1.金融領域(フィンテック)
2.非金融領域
3.ハイブリッド領域(非金融×暗号資産)
が挙げられます。
ブロックチェーンによるビジネスで、もっとも先行しているのが、暗号資産を活用した「金融領域」です。仮想通貨はこの領域に属します。
代表的なものは、以下の3つです。
ブロックチェーン技術を用いて行う、法定通貨以外の新しい通貨の取引です。一般的に、取引によるキャピタルゲインを狙います。代表的な暗号資産に、ビットコインやイーサリアムなどがあります。
企業などが資金調達を目的として、仮想通貨を新規発行する方法です。新たに独自の仮想通貨を開発し、投資家に購入してもらうのですが、詐欺事件などが起こったこともあり、下火になりつつあります。 「トークンセール」や「トークンオークション」とも呼ばれます。
有価証券機能を付与したトークンを用いて、資金調達を行う方法です。ICOで問題となった詐欺などを仕組みから解消したことで注目されています。金融領域のブロックチェーンにおいて、今後1兆ドル以上のマーケットになるとも予想されている、新しい技術です。
なお、「フィンテック(Fintech)」という言葉は、必ずしも「ブロックチェーンの金融領域」を指すものではありません。この後に説明するハイブリッド領域も、フィンテックと呼ばれることがあります。
非金融領域では、暗号資産(仮想通貨)は使わず、ブロックチェーンの台帳としての役割や、ブロックチェーン技術を応用した真贋証明として用いられます。
一例として、偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータである「NFT(非代替性トークン)」があります。NFTは、今まで困難だった資産的価値をデジタルデータに与え、すでに、デジタルアートが数億円で売買される事例も登場しています。
他にも、著作権などのデジタルな証明、サプライチェーン上の製品の管理、ゲーム内アイテムの取引、電子化した書類の改ざん防止、そしてそれらの技術を組み合わせた窓口業務の自動化などが可能になります。
こうした非金融領域のブロックチェーンは、今後その領域がさらに広がると期待されています。しかし、そのほとんどは、既存産業のDX(デジタルトランスフォーメーション)として語られ、ブロックチェーン技術が用いられていることは強調されないことでしょう。今後、産業レベルでのイノベーションが起こり、それが実はブロックチェーン技術を用いたものだった…ということが多くなるかも知れません。
ハイブリット領域とは、非金融領域の課題解決に、暗号資産の技術を生かそうとする試みのことです。
代表的なものに、「トークンエコノミー」があります。これは、代用通貨(トークン)による経済圏(エコノミー)のことです。例えば、日本は日本円の経済圏、アメリカ合衆国は米ドルの経済圏です。トークンエコノミーも仕組みとしては同じで、そのトークンが使える経済圏ということになります。
例えば、「楽天経済圏」とも呼ばれる、楽天ポイントを基軸としたサービスの中には、すでに暗号資産取引所「楽天ウォレット」が組み込まれています。
楽天ウォレットでは、楽天ポイントで暗号資産の購入ができます。暗号資産を運用して得られた運用益は、楽天キャッシュに交換して、楽天市場や楽天ペイが利用できるコンビニ、ファーストフード店などで利用ができます。
この例の場合、ポイントを暗号資産に変換した時点から、最終的にコンビニやファーストフード店で利用するまでの間に、中央銀行が発行した通貨を一切介しません。これが、わかりやすいトークンエコノミーの例です。
トークンエコノミーに代表されるハイブリット領域は、非常に難しい領域でもあります。これまで登場した新興サービスの多くは1年も経たずに消える傾向があり、三菱UFJ銀行とリクルートが共同で開発している「COIN+」も普及にはほど遠い状況ですし、楽天ウォレットも普及しているとは言えません。
理想を描ける反面、実現には数々のハードルがあり、理想的なトークンエコノミーの実現にはまだ課題が多く残っているというのが実情です。
現在のブロックチェーンには、ビットコインなどの暗号資産に代表される「パブリックブロックチェーン」、数社~数十社の企業で管理を行う「コンソーシアムブロックチェーン」、単独で管理を行う「プライベートブロックチェーン」の3種類が主力です。
多くの企業が、パブリックブロックチェーンについて検討を始めていることは間違いありませんが、コンプライアンス面のリスクを考え、伝統的な企業ほど距離を取っているのも事実です。そのため、企業が管理を行う「プライベートブロックチェーン」を用い、支店間の情報共有などを行う、というのが最初に増えるユースケースと考えられます。
日本企業における、ブロックチェーンの活用事例は、さほど多くないとされてきました。海外では、すでにビジネスだけでなく、人道支援などの領域でも実運用に達しているものが散見されますが、日本では多くが実証実験にとどまっています。
例えば、2018年と2019年に日本ユニシス、会津喜多方グローバル倶楽部、会津大学 産学イノベーションセンターが、福島県喜多方市で電子バウチャー(引換券)の実証実験を行ったほか、2019年にはマイクロソフト、JR東日本、みずほ情報総研、日本生命保険、他数社が、MaaS(Mobility as a Service)とブロックチェーンを活用した検証に取り組むことを発表しています。
民間では、三菱UFJ銀行とリクルートが、トークンエコノミーである「COIN+」をローンチ済みですが、普及しているとは言えない状況です。
いったん日本から離れますが、開発者向けナレッジ共有プラットフォーム「Stack Overflow」が、693人のエンジニアに対して行ったアンケートによると、回答者の61.44%がブロックチェーンを画期的なテクノロジーだと考えている一方、38.56%は「まったくのハイプ(大げさ、の意)」と捉えています。
出典:Most developers believe blockchain technology is a game changer|the Overflow
そして注目すべきは、この中で、実際にブロックチェーンを用いた開発経験がある回答者は23.53%しかいなかったことです。このことは、まだまだブロックチェーン業界が、エンジニアにとっても特殊であることを示しています。
ブロックチェーン関連の開発が日本より先行しているとされている海外でこの数値と考えると、日本でブロックチェーンの開発に携わったことのあるエンジニアの割合は、さらに低いものと考えられます。
出典:Most developers believe blockchain technology is a game changer|the Overflow
ブロックチェーン業界の中にもいくつかのジャンルがあり、それによって必要な技術は変わります。言語に関しては、Java、Ruby、Goが多く、PHPやnode.js、さらに、アセンブリ言語や中間言語などの”低水準言語”が必要とされるケースもあります。
また、ブロックチェーン業界では、直接ブロックチェーンを扱わないポジションもあり、モバイルアプリであれば、KotlinやSwiftの技術があればOKというケースもあります。
例えば、暗号資産関連であれば、ウォレットを作るエンジニアや、入出金の部分に携わるエンジニア、新しい通貨を研究するリサーチエンジニアなどがブロックチェーンに直接触れる機会が多く、それ以外のポジションの場合、Webアプリの開発がメインということもあります。
ブロックチェーンを軸とした真新しいビジネスの多くは、軌道に乗るのにまだ時間がかかりそうではあるものの、ブロックチェーンの台帳としての役割や、ブロックチェーン技術を応用した真贋証明は、今後のDX(デジタルトランスフォーメーション)においてコア技術となることは間違いないでしょう。
もし、今からエンジニアとしてブロックチェーンに関わるのであれば、そのほとんどが即戦力としての中途採用ですから、現在のエンジニアとしての仕事と並行して、ブロックチェーンに関する知識の深掘りが必要になります。
仮に、今あるブロックチェーン関連ビジネスが傾いたとしても、ブロックチェーン技術そのものは進化するものと考えられます。そのため、まずは、どの組織に所属して業務としてブロックチェーンに携わるかを慎重に検討することが大切だと思われます。
2022年現在、ブロックチェーン業界の行方については、まだ見定める必要がありそうです。また、ブロックチェーン技術を牽引してきた仮想通貨においても、各国が関わり方を探っている側面があります。
しかし、ブロックチェーン技術そのものは、インターネット以来の最大の革命といわれており、現段階でそこを疑う必要はないでしょう。ブロックチェーンは、優れたサービスに組み合わせることで真価を発揮しますから、今からブロックチェーン関連の知識や技術を身につけ、タイミングが来たときにすかさず動けるようにしておくことが、エンジニアにとって大切になるかもしれません。