「カテゴリ分け」では解決しないeスポーツの課題

子どもから大人まで誰でも手軽に遊べる娯楽として、長く発展を続けてきたビデオゲームの文化ですが、ここ数年は特に「eスポーツ」という名称と共に競技としての側面がピックアップされることが多くなり、対戦機能の拡充に力を入れるメーカーも少なくありません。

 

ゲーム開発の歴史においてはハードウェアもソフトウェアも日本が重要な役割を担ってきたという事実に間違いはありませんが、ことeスポーツにおいてはすっかり海外がリードしている状況です。経済的価値も世界的に年々拡大し続けており、株式会社クロス・マーケティングのeスポーツに関する調査(2019年版)では2015年の時点で770億円だった市場規模が、2020年には1,600億円を超えるという予想も出ています。

 

そんなeスポーツ、やはり競技人口もかなりの数になります。具体的な数字を挙げれば、世界で最もプレイされていると言われる『League of Legends』というタイトルは1ヶ月あたりのアクティブユーザーが9,000万人と発表されており、スポーツと比較するならば約3,000万人と言われる野球の競技人口を軽く超え、約1億人とされるテニスに肩を並べようとしています。

 

 

このように急成長を続けるeスポーツ業界ですが、近年は国内での普及にあたってプロライセンス制度や興行としてのマネタイズなど、制度面が課題として挙げられることが増えています。しかし今回は、そうした問題に隠れがちな、「ユーザーとゲームの関係性の変化」や「ゲームの楽しさの変化」に目を向けてみたいと思います。

 

これまでに紹介した数字だけを見てみれば、最早ゲームというコンテンツは世界的に知名度のある競技「eスポーツ」として変化を遂げたようにも思えますが、決して身近な遊戯・娯楽としての側面がなくなった訳ではありません。

 

今なお、RPGやシミュレーションゲームなどひとりで楽しめるジャンルのゲームも数多くリリースされており、ユーザーはゲームを身近な遊戯・娯楽として楽しんでいます。もちろん、対戦ゲームの場合であっても先程の競技人口に数えられている全てのプレイヤーがプロを目指してプレイしている訳ではなく、むしろ遊びとしてのゲームを真剣に楽しんでいる人が大多数です。

 

こうした「競技人口の全てがプロを目指している訳では無い」というのはどのスポーツにも言えることです。例えば日本でかなりの競技人口を誇る野球ですが、世界での競技人口約3000万人に対して国内では約700万人。うち、競技のトップと言えるプロ野球選手は12球団×支配下70選手の840人程度。育成選手を含めても1,000人に満たない人数と、野球ではトッププロになるのは非常に狭き門です。

 

ではこの1,000人を700万人のうち何人が目指しているのかといえば、実はそこまで多くはありません。高校野球連盟の発表によれば高校1年あたりの野球部員は約5万人で、プロのドラフトに指名されるための志望届を提出する人数は例年150人弱。中にはプロを目標としていながら自身の実力や環境、怪我などを理由に断念した選手や、大学進学後のプロ入りを目指すという選手もいるのでしょうが、単純な計算では「プロ志望」は同年代の0.3%程度に留まります。

 

つまり、残りの99%以上の選手はプロ以外に自分なりの目標を持ってプレイしていると考えられます。それが自分の成長かチームの目標かは人によりますが、甲子園に出場した選手でも部活引退を機にスッパリと野球を辞めてしまう人もおり、その野球に対するスタイルは実に多様です。

 

 

少年野球に始まり、中学校では軟式の部活動を選ぶ人もいればシニアリーグで硬式野球に取り組む場合も。かと思いきや、指導者のもとで技術を学んだことがない人でも年齢性別を問わず草野球を楽しむという人も。このように、野球は非常に整備されたカテゴリ分けによって選手の多様性を受け止めており、技術や環境が出来るだけ等しい条件下で競争が行われるようになっているのです。このカテゴリ分けは、教育に取り入れられているほぼ全てのスポーツで実現しています。

 

しかし、現状のeスポーツはそこまでのカテゴリ分けに至っていません。カテゴリ別に目標が設けられているどころか、オンライン対戦が主流となっている現在の環境では、全くの初心者が中級程度の実力者とマッチングしてしまうことさえあります。

 

こうしたマッチではあまりの実力差に一方的な展開となり、デザインされた面白さが損なわれてしまうケースが考えられます。結果、初心者はそのタイトルの面白さを感じることができず、プレイをやめてしまうかも知れません。

 

しかも、これは初心者に一方的にデメリットのある問題ではありません。このようなケースが続けば「初心者離れ」がユーザー増加の妨げとなり、格差マッチングが続けばどんどんと人が離れて行き、全ユーザーに波及する「過疎化」を招く恐れがあります。

 

この問題についてはマッチング制限を強化したりチュートリアルを充実させたり、あるいはプレイ直後はあまり強くないNPC(コンピューターが操作するキャラクター)と対戦することでまず1勝する体験が得られる仕組みを導入するなど、ソフトウェア側でどうにか対策しようとする工夫も見られます。

 

ただ、当面の間eスポーツという競技は、オンラインという広い広い競技場で全員が一斉に野球をしているような状況であることは変わりません。プロ野球を目指すアスリートも少年野球チームも、草野球に興じる大人たちも同じフィールドに立つ可能性があるのです。

 

現在の競技シーンで活躍している人の中にも「自分の実力を試すために大会に出たら勝てたのでプロを目指すようになった」という人も少なくないので、こっそりとプロ級の腕前の人がそのあたりでキャッチボールをしているかも知れません。

 

ゲームが誰でも手に取れるコンテンツである以上、「友達と遊べれば良い」「勝ち負けより好きなプレイを優先したい」「楽をして勝ちたい」「努力をして一番を目指したい」「プロになりたい」など、非常にさまざまなスタンスの人が集まります。

 

eスポーツが年齢や性別、国籍などさまざまな垣根を超える競技であるからこそ、スポーツのようなカテゴリ分けで完全に解決するのは難しいかも知れません。しかし、裏を返せば様々な人とプレイできるのもeスポーツの魅力です。

もし貴方が対戦ゲームをプレイするのであれば、その時点で競技人口のひとりです。自分がそのゲームをどのようなスタンスで楽しみたいのか、一度考えてみるのも良いのではないでしょうか。

 

盛り上がるeスポーツ業界ですが、ゲーム1タイトルという単位に目を向ければこのような細かな課題はまだまだ山積しています。更なる発展のためには、少しずつ解決していくこととユーザー側の理解が、今後も求められていくでしょう。