ゲーマーやデザイナー、そしてシステムエンジニアなど普段から仕事や趣味で長時間モニターに向かう姿勢を続けていると首や肩を中心にあらゆる不調を感じることも多いのではないでしょうか。「スマホ首」という言葉も生まれるなど、現代においては電子機器の使用に伴う健康問題が注目されるようになりつつあります。
今回はそんな症状に向き合い改善する「eスポーツカイロプラクター」の「Dr.Ken」さんにインタビュー取材を実施。
日本ではあまりなじみのないカイロプラクターという職業から、数々のプロゲーマーにも施術を行っているKenさんならではの経験やゲーマーの健康問題など、さまざまなお話を聞きました。
──最初に自己紹介をお願いします。
Dr.Ken 「eスポーツカイロプラクター」のDr.Kenと申します。日本とアメリカのハーフで、元プロゲーマーとして活動していた時期もありました。現在は都内近郊の出張施術を中心に活動しています。
──まず「カイロプラクター」という職業について詳しく説明をお願いできますか。
Dr.Ken まず「カイロプラクティック」から説明します。カイロプラクティックはアメリカ発祥のヘルスケアの形態で、背骨を中心に体の構造と機能に注目した手技療法です。薬物や手術に頼らず体本来の治癒能力を引き出すことを目的に生み出されているのがポイントですね。
そしてカイロプラクターはそれを専門に行う手技者です。世界保健機関の定義では「筋骨格系の障害とそれが及ぼす健康全般への影響を診断・治療・予防する専門職」と定められており、体の自然治癒力の向上だけでなく、関節などの痛みの軽減や可動域の改善、神経の機能回復なども行っています。
カイロプラクターと聞くと「整体師」のようなものだと思われることも多いのですが、全く違うとも100%正しい訳とも言い難いですね。海外では歯医者に近い認識で、歯医者もドクターではありますが病院に歯科はなく、それぞれのクリニックを持っていますよね。カイロプラクティックも〇〇病院カイロプラクティック科がある訳ではなく、ぞれぞれのクリニックで診てもらう、筋肉や骨、神経のドクターだと思っていただけると理解しやすいのではないでしょうか。
──アメリカ発祥ということですが、Kenさんはアメリカでカイロプラクターの資格を取られたのですよね。現在のお仕事をされるようになった経緯はどのようなものだったのでしょうか。
Dr.Ken 私は小学校4年生の頃に事故でむち打ちになってしまい、その治療の際に初めてカイロプラクターという職業を知りました。その頃は「なんか治った、すごい」程度の小学生ならではの感想でした。その後はアメリカに留学したのですが、大人になってもやりたい仕事が決まらず、大好きな格闘ゲームのプレイヤーをしながらフリーターとしてフラフラしていました。
ただゲームを続けていると体の痛みを感じることがあり、知人の医師の方に相談してみたところ「知り合いに腕の良いカイロプラクターが居るから」と一人のカイロプラクターを紹介していただきました。その方に施術をしていただいたらものの数分で私の首の痛みは軽減され、首が普段よりかなり動いて感動したのを覚えています。
そのときに「自分の手技だけでこんなに良くなるんだ…!」と感動し、カイロプラクターになることを決断し資格を取るために大学へ進学しました。大学では専門的な勉強や実習の毎日で大変な時期もありましたが無事にドクター資格を取ることができました。
──プロゲーマーとして活動されていたのもアメリカなんですよね。
Dr.Ken そうです。私は基本不器用なこともありゲーム全般が得意ではなく上手くなるのに時間がかかるのですが、格闘ゲームの『鉄拳』シリーズは特に大好きで15年以上プレイしていました。毎月アメリカ各州に飛んでは大会に参加して、優勝はできずとも常にTOP8に残っているという結果に注目してもらえたお陰でチームにも所属できました。
ただ、プロゲーマーとして食べていける人間はごくわずかで私はプロゲーマーになってからも優勝経験はなく何度も挑戦しては負ける日々でした。なので「プロゲーマーとして食べていく」ことを実現している選手の方々を私は心の底からリスペクトしています。そんなプロゲーマー達に何かしてあげたいという思いもあり、日本に帰国してeスポーツカイロプラクターとして動き出しました。
──活動は現在どれくらい続けているのでしょうか。
Dr.Ken 2020年末に帰国して2021年の3月頃に始めましたので、もうすぐ丸4年になります。
──やはりお客さんはゲーマーの方が多いのでしょうか。
Dr.Ken 一時期はプロゲーマーのみ施術していると勘違いされていましたが、SNSなどで知っていただける機会も増えたからか、実はイラストレーターさんやデザイナーさん、システムエンジニアさんなどデスクワークメインの方からのご予約をいただく事が最近は多いですね。比率的にはゲーマーとそれ以外のデスクワーカーさんで半々くらいでしょうか。
──プロゲーマーの方に限らず、デスクワーカーの方はどのような健康問題を抱えていることが多いと感じますか。
Dr.Ken イメージしやすいでしょうけど、シンプルに運動不足の方は多いですね。あとは自身の健康への関心の低さは時折話していて感じます。
体の痛みは生活習慣から来るものなので、私たちはただ「痛いところを治してさようなら」ではなく、カウンセリングを通じて睡眠時間やお風呂の時間、ゲーム中のストレッチのタイミングなどの日常の習慣をアップグレードしていくのも仕事だと思っていて、私は「生活のティアを上げる」と呼んでいます。
──睡眠や入浴も重要なのですね。
Dr.Ken お風呂はシャワーで済ませてしまう方が多いのですが、血行を良くするためには浴槽に浸かることが必要ですし、睡眠の質も良くなります。そういう習慣の積み重ねから不調は改善していくものだと思っていますので、必要性を感じていただけるように接しています。細かな習慣ですとゲーミングチェアの使い方などもあまり正しく伝わっていないのかなと思い、そうした情報をSNSでも発信しています。
開業して早3年
たくさんのゲーマーやデスクワーカーさんに質問しましたが…””ゲーミングチェアやエルゴノミクスチェアの使い方を知らない人が多すぎる”” pic.twitter.com/mtPoO8QTOn
— Dr.KEN|eスポーツカイロプラクター (@echiro_DC) December 17, 2024
──ゲーミングチェアのサポーターは使い方をちゃんと学んだことがない方も多く、意外な情報だと感じました。どのような不調があると専門家に相談するべき、という目安のようなものはありますか?
Dr.Ken 一概には言えませんが、少なくとも「日常生活に支障がある状態」は見せるべきですし、見てあげたいと思いますね。ちょっと気になる程度から動けなくなるほどまで支障の程度はさまざまだと思いますが、例えば「腕がだるい」ひとつ症状ひとつ取っても、腕の筋肉が疲れているのか、首から来るものなのかっていう判断は自分ではなかなかできないと思いますので、私たちのような判断ができる人に相談するのが良いと思います。
ゲーマーやデスクワーカーの方で「腕がだるい」場合は、肩を巻いた姿勢が長時間続いたがために胸の筋肉が固くなってしまったことに由来するケースが多いです。小胸筋という胸の筋肉の真下には腕の血管や神経が通っていて、小胸筋が固くなることで圧迫されてしまっている状態ですね。
──症状が出ている箇所と原因が同じではない場合などは確かに自分で判断するのはかなり難しいですね。ゲーマーやデスクワーカーの方は自分が運動不足であることは自覚していて、多少の不調を当然と思って放置してしまう人も多いように感じます。
Dr.Ken 確かにそうですね。放置することによってどれくらいのリスクがあるのかが分からなくて「まぁいっか」で済ませてしまうことが多いのかも知れません。ただ、ずっと座っていて首や腰に負担がかかると、ゆくゆくは手術を要するような症状に陥ることもあるので、予防ができるようにアドバイス・施術に務めています。
最近ではChatGPTなどのAIに自分の生活習慣、睡眠や食事、ライフスタイルなどを細かく教えてみて「10年後の健康リスクがどれだけあるか」を聞いてみることも良いと思っておすすめしています。「最悪の場合どうなるのか」を知るのは大事ですし、アメリカの大学で勉強していた時も色々と恐ろしいケースを学びましたので、最悪のケースを知ることは大切です。
──ゲーマーやデスクワーカーのお客さんの症状で印象的だったことなどはありますか?
Dr.Ken 珍しいケースなどには当たっていませんが自分の学びになったケースとして、3年前に初めてプロゲーミングチームの『LoL』部門の選手の施術を任せていただいたとき、選手全員の左腕が凝っていたことが意外で驚きましたね。
それまでは「マウスを動かしている方の右手が凝って、キーボードを操作していてあまり動かさない左手は凝らないのでは」と考えていたのですが、動かしていない方が凝って痛くなりやすいのだと学びました。
後々にアニメーターさんに施術したケースでも、やはりペンを持つ手よりもずっと紙を押さえている方の腕が凝っていましたね。持続的に筋肉を使っている行為が筋肉が固くなる原因になるんだというのはデスクワーカーやゲーマーの方ならではの症状と言えるかも知れません。
──プロ選手ともなると練習時間もかなり長いと想像されますので、そうした症状も顕著なのかもしれません。
Dr.Ken 他に印象的だったケースでは、別チームの『LoL』部門の選手に施術した際に殆どの選手が腕が固くて痛がっているなかで、ある韓国人選手だけは筋肉が柔らかく全く腕のマッサージを痛がらなかったこともありました。私は不思議に思い普段どのようなケアをしているのか聞いてみると、彼はストレッチを欠かさずしているだけでなく、練習が終わったら寝る前に必ず濡れタオルを絞って電子レンジで温めてから自分の腕に巻いて温めてケアしているそうなんです。その理由を聞くと「1日でもプロで居続けたいから」だと答えた点も含めて、私はとても感動した事をよく覚えています。
──PCゲームのプロeスポーツも盛んな韓国ではそうしたケアも浸透しているのかもしれません。これはすぐに日本でも見習える文化ですね。
Dr.Ken そうですね。チームとしても選手の健康にもっとアプローチできる部分はあるのではないかと思います。施術を担当した選手の中にはジムに通い始めたという方も増えて来ていて、個人の意識も少しずつ変わってきているのではないでしょうか。私も運動は嫌いでしたから運動を習慣に入れることのハードルの高さは分かっていますので、自分をきっかけに変わってくれたのなら嬉しいですね。
人間は重力と年齢には敵わないと思っていますので痛みや不調が完全消えることはないと私は考えています、しかし継続的にメンテナンスをしていくことで「疲れづらい体」「不調が回復しやすい体」にすることができると信じて取り組んでいます。
──今後取り組みたいことや、何か考えているアイデアがあれば教えてください。
Dr.Ken 私はクリニックを持たずに各地域に何店舗かレンタルサロンを登録し、お客さんが通いやすい場所を選んでいただいてそこに私が出張して施術をするシステムにしています。コロナ禍で事業を始めたという背景もあるのですが、近所にクリニックがないお客様にも喜んでいただけているので、出張型のメリットはとても実感できています。もし需要があるのであれば大阪など他の地域にも遠出して施術してみたいなとは考えています。
──では遠方の方でも連絡してみると診てもらえるチャンスがあるかもしれないということですね。
Dr.Ken そうですね。需要を知りたい気持ちもあるので、気軽にご連絡いただければと思います。あとは完全にアイデアだけですが、ゲーマー向けの健康グッズとかも作ってみたいですね。例えばゲーマー向けアームカバーを工夫して、機能性も重視したデザインにし、腕に着けるとマッサージするべきポイントが一目で分かるようにすることで、短い休憩時間などに簡単に自分でマッサージができる物のような。そうしたデザインと実用性を兼ね備えたグッズやアパレルが作れたら面白いかなと思っています。
──おひとりでお仕事をされているということですのでグッズまではなかなか手が回らない状況かと思いますが、メーカーさんと協力するなども形で実現するかもしれません。
Dr.Ken もし興味があれば監修でもやってみたいと思いますので、ぜひご連絡いただきたいです。
──ちなみにKenさんはゲーム配信もよくされていますよね。
Dr.Ken そうですね。ありがたいことに配信で知っていただけることも増えたので、最近は「本当にドクターだったんだ」と言われることもあります(笑)。
──先ほどの『LoL』の例のように、よくプレイするゲームによっても姿勢や使う筋肉に違いがあるので、やはりそこに理解のある方に診ていただけるのはゲーマーとしてもありがたいと思います。
Dr.Ken 何より自分がゲームの話をするのが楽しいので、施術している時にも「ランク上がった?」「あのキャラやばいよね!」なんて話ができるだけでも嬉しいです。ゲームの話を楽しくできるおじさんという感覚でいてもらえたらと。
──この記事を読んで健康意識を高めたり、実際にカイロプラクターさんに相談して体の不調に気づける方が増えればと思います。
Dr.Ken そうですね。最後に注意喚起しておきたいのですが、冒頭でもお話したようにカイロプラクターはアメリカでは国家資格として認められていますが、日本ではカイロプラクティックを名乗るために資格は必要なく、資格を持たずに施術をされているカイロプラクターが殆どです。
もちろんお客さんの健康の役に立ちたいと思って真剣に取り組まれている方、実績のある方もいらっしゃるのですが、一部では施術後に枕やベッドを売りつけるようなカイロプラクティックを騙った詐欺のようなケースも発生しています。この記事を通じてカイロプラクターについて興味を持っていただけたのであれば、必ず「どんな人が担当するか」はよく調べてから受けていただきたいと思います。
──Kenさんの活動はもちろん、今後良い形で日本でもカイロプラクターが広まっていくことを応援しています。本日はありがとうございました。