対戦格闘ゲーム『ストリートファイター』の公式リーグ戦「ストリートファイターリーグ(以下、SFL)」は2019年にスタートし、2021年からは出場する全8チームが企業によって運営される「チームオーナー制度」を導入。国内のトッププレイヤーたちが、このリーグならではのチーム編成で頂点を争っています。(2024年シーズンからは12チーム体制へ)
SFL参加チームの多くはマルチゲーミングチームを保有する企業が運営しており、eスポーツ分野の他タイトルでも名前を聞かれるチーム名が並びますが、そんな中でも異色の存在と言えるチームが、再春館製薬所のグループ会社である再春館システム社が運営する「Saishunkan Sol 熊本(以下、SS熊本)」です。SS熊本は現在の所属選手が『ストリートファイター』部門のみと、SFLを中心に『ストリートファイター』シリーズのみで活動を続けているチームなのです。
今回はそんなSS熊本のチームとしての背景や狙いについて、チーム運営の再春館システム社からスポーツ事業部の吉本大祐氏にお話を聞きました。
──本日はよろしくお願いいたします。吉本様はいつ頃からチームに携わられているのでしょうか。
吉本大祐氏(以下、吉本) ちょうどSS熊本というチームが始動するタイミングからです。それ以前からもチームの基盤は出来ていて、現在もチームを支えてくれているネモ選手、Shuto選手の所属は決まっているような段階でした。
── 2017年に再春館システム社が立ち上げたeスポーツチーム「LeGaime(ルゲイム)熊本」もありましたよね。当時はまだプロチームも少ない時期だったと思いますが、御社は非常に早い段階からeスポーツ分野へ参入されています。
吉本 東京ゲームショウなどでもイベントが行われて「これからeスポーツが来るだろう」というタイミングでした。SS熊本のオーナーである西川も現地に参加してその盛り上がりを体感しており、その期待値の高い分野で、まずは地場を盛り上げていきたいと生まれたのが「LeGaime熊本」でした。
──近年は「若年層へのアピール」という狙いを持って業界へ参入する企業も非常に多くなっている印象ですが、当時はどのような狙いをお持ちだったのでしょうか。
吉本 そこについては、LeGaime熊本の立ち上げから現在のSS熊本まで変わらず「熊本への恩返しがしたい」という想いが根幹になっています。
我々の母体となる再春館製薬所を始めとする再春館グループは、長年熊本で商いをさせていただいています。現在はeスポーツに近しい分野ということもあり再春館システムが運営を担っておりますが、同じく西川グループとして熊本への想いを強く持つキューネットと桜十字の2社もユニフォームにロゴがあるように、グループ全体でチームを盛り上げ、運営している状況です。(再春館グループ、キューネットグループ、桜十字グループを中心に西川グループとして商いをさせて頂いております)
eスポーツを通して若手が活躍するところを熊本から発信し、周辺の業界が盛り上がって行くことによるビジネスや人財の育成も含め、育てて頂いた熊本への恩返しをこのチームで成し遂げたいと考えています。
──2021年にSFLがチームオーナー制となったことがSS熊本という新チームへの転換期となったと推察されますが、改めてリブランディングの経緯を振り返っていただけますか。
吉本 チームオーナー制となる以前から再春館システム社としてSFLには協賛をさせて頂いており、将来的な構想も伺っていました。そして実際にオーナーとしてSS熊本を発足させたタイミングでは、一時的に「Saishunkan Sol 熊本」と「LeGaime熊本」の2つのチームが存在している状況にもなったのですが、チーム運営についてディスカッションした結果、SS熊本へと統合した形になります。
──発足から4年目を迎えるSS熊本ですが、現在まで部門は『ストリートファイター』の1タイトルのみと、企業が運営しトッププロ選手も所属しているチームとしては非常に珍しい例ではないでしょうか。
吉本 部門の在り方についてはチームさんによって色々な考え方があると思いますし、我々もまだ様々な可能性を模索している段階でもありますが、まずは熊本や九州の活性化を目指して「やり切ること」が大事だと考え、参戦を決めた『ストリートファイター』に真摯に向き合うため、この方式を続けています。
『ストリートファイター』は長く愛されていますし、現在の『ストリートファイター6』の勢いは目を見張るものがあります。SFLへの参入に際しては、その理念に地方創生の想いも大きく合ったところから、まずは協賛から始めさせていただき、いよいよチームオーナー制になるタイミングで、ということもタイトル選びの意思決定には繋がっていました。
──地元・熊本との繋がりを非常に大事にしてらっしゃるという背景があるのですね。
吉本 もちろんeスポーツのプロチームである以上は強いチームを目指していきたいですし、選手の皆さんがSS熊本を通して人間的にも成長していただけたらという想いもあります。その成長過程を共有することでファンやステークホルダーの皆さんに愛されるチームになっていけるといいなと思います。
最近は他のチームさんもコンプライアンスやガバナンスなど気にかけられていると思います。弊チームも引き続き、選手の競技面の強さだけではなく、「再春館の選手は安心して仕事を任せられる」「気持ちよく応援できる」と思って頂けるようなマネジメントを目指していきます。
──実際に熊本からSFLの公式戦にオンラインで参加されるなど、地域に根差した取り組みも行われています。
吉本 熊本を盛り上げ、愛されるチームになるために何が出来るかを考えて色々とチャレンジしています。地元から公式戦への出場もそうですし、定期的に熊本でファンミーティングを開催して交流を図っています。将来的には熊本からリーグに出場するような選手を輩出できれば良いなという理想もありますが、現在所属していただいている選手は関東圏を拠点としていることもあり、その分「外から見た熊本」の気付きや発見を配信やSNSで発信していただいています。
△NTT西日本熊本支店を会場に、公式戦に参加する選手をファンが直接応援するイベントを開催
──県外から応援されているファンの方も多いのではないでしょうか。
吉本 有難いことに県外のファンの方が試合やファンミーティングに合わせて熊本にお越しいただけることも多く、嬉しい限りです。参加されるだけでなく事前にSNS等で発信してくださる方も多く、イベントの過程も含めて熊本を楽しんでいただけているのであればチーム冥利に尽きますね。
──地域でeスポーツやチームが受け入れられつつある実感もあるのではないでしょうか。
吉本 熊本でのeスポーツを通じた地域活性には熊本eスポーツ協会さんにもご協力いただいているのですが、協会の事務局機能には熊本で高いシェアを誇る熊本日日新聞社さんも参加されていて、そうしたメディアさんにも積極的に発信いただいていることで公共性の獲得に繋がっていると感じます。
多世代間交流やリーダーシップ育成など色々な可能性が見出されているのがeスポーツ領域かなと思いますので、昔はネガティブなイメージを持たれることも多かったであろうゲームについて、ポジティブな点を発信いただいていることの影響も大きいのではないでしょうか。
──続いて、チーム強化についてもお聞きします。2023年5月には福島県に拠点を置くプロeスポーツチーム「FUKUSHIMA IBUSHIGIN」とパートナーシップを締結し、レンタル加入という形でSS熊本からSFLに出場される選手もいらっしゃいましたね。
吉本 2023年8月にサウジアラビアの世界大会で優勝された翔選手をはじめ、若くて勢いある選手が数多く所属しているIBUSHIGINさんとご一緒させていただけたのは有難かったです。ヤナイ選手は以前にSS熊本からSFLに出場いただいていたという縁もありますし、リーグに向けたスパーリングだけでなく、お互いにナレッジシェアをして一緒に成長していければチームとしても選手個人としてもポジティブかと考え、共に取り組んで頂きました。
これは私個人の感想ですが、IBUSHIGINさんもチーム名に福島と入っていて、地元への想いが強いチームという点で私たちとの共通点があると思っています。地域でeスポーツを盛り上げていくためのビジネスサイドの視点も共有していければ、事業を継続させていくためにもお互いにとってポジティブになるのかなと感じています。
──SS熊本として3シーズン目を終えてみて、吉本様の目線からチームやeスポーツ界について変化を感じることはありますか。
吉本 私は以前フィジカルスポーツ分野に携わっており門外漢からeスポーツの分野に参加したのですが、チーム運営の仕方も全く違うので最初は驚きばかりでした。興行もチケットを買ってオフラインで見るスポーツとは異なるオンライン視聴が多いですが、それでも数万人の方が集まっていると知って驚きを覚えた記憶があります。
2023年にはシリーズ最新作の『ストリートファイター6』がリリースされたこともあり、特に規模感が拡大しているというのは感じます。もちろんCAPCOMさんのご尽力あってのことだとは思いますが、プロの選手だけでなくストリーマーさんやファンの方が一緒にコミュニティや世界観を作りあげているのはすごいことだなと感じます。
──チームとして今後に向けてのビジョンや取り組みたい施策などあれば教えていただけますか。
吉本 つい先日、イベント等でもお世話になっている宇城市「うきのば」さんのPR大使に任命頂きました。これまでにもお世話になっている宇城市さんや益城町さんをはじめ、今後も地域や行政の皆様と一緒に作り上げていく取り組みにはチャレンジしていきたいと考えています。最近は特に多くの行政の方がeスポーツへの可能性を感じて頂けているようで、地域・行政ごとに異なるニーズや課題に合わせて進めていきたいですね。