スポーツにおいて、ファンによるチームや選手への声援は観戦の楽しみであり、「応援が力になる」と表現されるほど、スポーツにおいて欠かせない要素です。感染症対策の厳しさも少しずつ緩和され、ここ数年は我慢せざるを得ない状況だった「声出し応援」を楽しんでいる人も多いのではないでしょうか。
バスケットボールのフリースローやサッカーのPKでは敵チームファンから大声でプレッシャーを受ける選手の姿も定番で、プロスポーツにおいてはファンの後押しもすっかり試合の一部です。
そして、ゲームを用いて戦うeスポーツの世界でも歓声がプレイの結果を左右することがあるのをご存知でしょうか。今回はeスポーツ大会における「音」の問題について考えます。
eスポーツにおいては野球やサッカーなどのスポーツと比べて、選手とファンとの距離感の近さが挙げられ、SNSやゲーム配信での交流を行いやすいところが特徴です。また、ゲームをプレイしていればオンラインでプロ選手と直接対戦する機会を得られる可能性があるのも、他の競技との大きな違いと言えます。
そんなファンの声援を最も身近に感じられる機会のひとつが、オフライン大会であり、大規模な大会ともなれば数万人収容の会場が埋まるなど、eスポーツの動員力は年々高まりつつあります。
オフラインの大会では、スティック型バルーンを打ち鳴らす応援スタイルも増えるなど、オンライン観戦にはない魅力が味わえます。好プレイが飛び出せば会場は大歓声に包まれますが、過去には「物陰に隠れている選手が敵チームと遭遇しそうになり、観客がざわめいたことで居場所がバレてしまう」という事例も発生しました。
こうした現象は、格闘ゲームやパズルゲームのように「選手も観客も全く同じ映像を見ながらプレイする」ゲームでは起こりづらいものの、FPSなど「選手ごとに見えている映像が異なる」ゲームで起こります。観客がプレイ状況を把握しやすくするために、会場ではマップ全体を俯瞰する視点の映像が放映されるなど工夫がされています。そのため、“観客だけが知り得る情報”が発生してしまうことが原因となっています。
先に挙げた例の場合、思わず『危ない!』と声が出てしまう観客の気持ちは十分に理解できるもので、奇襲を妨害する意図はなかったでしょう。しかし、隠れていた選手は観客の声がなければ奇襲に成功したかもしれないので不利益を受けたとも考えられます。もし待ち伏せを狙うたびに観客が声をあげて作戦が看破されてしまうのであれば、流石にルールで制限せざるを得なくなるかも知れません。
歓声と音響にまつわる問題の厄介なポイントは、大会の仕組みや音響システムによる対策が非常に難しい点にあります。
大会に臨む選手は、歓声をそのままの音量で聞いているわけではありません。以前からeスポーツでは会場内で実況や解説の音声を流していることが多かったため、その内容が聞こえて選手に有利不利を生まないよう、ゲーム音やチーム内の音声通話をイヤホンで聞き、さらにノイズが流れているヘッドホンを上から装着して、周囲の音への対策をしてきました。
ただ、こうした対策があっても大歓声は遮音性の高いヘッドホン越しでも選手の耳に届いてしまったり、選手同士が会話するためのマイクが歓声を拾って伝わってしまったりと、完全にシャットアウトするのは難しいとされています。
ヘッドホンから流れるノイズ音量を大きくしてしまうと、今度はゲーム内の音や会話が聞こえづらくなり、選手のパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまう恐れがあります。現状でもノイズの大きさを気にする選手の意見も聞かれており、今以上の効果は臨めないでしょう。
では観客が見る映像に工夫を、という意見も想定されますが、これもオンライン配信と違ってリアルタイムで映像を流さなければならないオフライン大会では簡単ではありません。もちろん技術的には遅延した映像や情報の少ない画面構成を客席に映すことは可能ですが、選手のリアクションで先に展開が分かってしまったり初心者に分かりづらくなってしまったりと、観戦の楽しみが削がれてしまいます。
昨今は「通気性と遮音性を両立した素材」が開発されるなど、防音技術も進化しているため、一番の対策としては「選手を遮音性の高い空間に隔離する」ことかも知れません。ただ、追加で相当なコストを必要とするだけでなく「せっかくオフラインでの試合を観戦に訪れたのに、分厚い壁越しでしか選手の姿が見られない」という状況はあまり望ましくないものであり、当面は現行の方式で細かな改善を積み重ねていくことになりそうです。
スポーツにおける声出し応援の例として、冒頭では熱狂的な声援で後押しするバスケットボールやサッカーを例に挙げました。ですが、それとは真逆に選手のプレイ中は応援どころか移動すらも控えるのが観戦マナーとなっているテニスやゴルフのような競技もあり、スポーツ観戦では長い歴史の中でそれぞれ独自のルールやマナーが築き上げられてきました。
現在のeスポーツでは細かな観戦上の慣例がまだ定まっておらず、座席の割り振りに至ってもスポーツのように「同じチームを応援する人を同一エリアに固める」方式を採用しているケースは非常に稀です。
今後はゲームによって「このタイミングは大声を控えよう」という暗黙の了解が生まれたり、周囲と一体になって応援したい人と少し静かにじっくり観戦したい人を分けた座席配置が取り入れられたりと、選手にとってもファンにとっても、より「快適な観戦」を目指して改革が進められていく必要があるでしょう。
声出し応援が再び楽しめるようになったこのタイミングが、eスポーツ観戦という文化を更に深めていく機会になることが望まれます。