新興国のeスポーツポテンシャル

eスポーツについて「先進国の娯楽」だというイメージを持っている方もいるかもしれませんが、それは必ずしも正しくありません。eスポーツは世界のどこでも、若年層を中心とした文化ですが、新興国は若年層人口が非常に多いこともあって、その中から今後有力なプレイヤーが次々と出てきて競技シーンを席巻する可能性は高いといえます。

 

今年2月に福岡で行われた格闘ゲームの祭典「EvoJapan」の「鉄拳7」部門で、新興国におけるeスポーツのポテンシャルを思い知るできごとがありました。パキスタン出身の無名の若者、アルスラン・アッシュ選手が世界中の優勝候補をなぎ倒し、優勝を飾ったのです。それ自体も大変な衝撃でしたが、彼の優勝の際の「パキスタンには強い選手が、まだまだいる」という言葉も大きな注目を浴びました。これまで「鉄拳」のみならずゲーム業界全体が、「パキスタン」という地域についてほぼノーマークだったといっても過言ではないのです。

 

今回「鉄拳」で起きたことが、偶発的な一回きりの出来事だとは考えられません。今後他のゲームでも似たようなことが起きる可能性は高いと言えます。多くの新興国では近年ようやく、電気や通信の環境が安定し、多くの人々に行き渡るようになってきました。そのため、多くの若者がゲームの世界に触れることができるようになり、eスポーツ選手として活躍する道が開かれ、選手の裾野がとてつもない規模で急激に広がったのです。パキスタンでは2億777万人の人口のうち6割にあたる1億2千万人ほどが25歳以下の若者です。

 

 

インド、ベトナム、フィリピン、インドネシアなど、若者の人口が非常に多い国々では、さらに多くの人々がスマホやPCを利用してオンラインゲームにアクセスできるようになっています。インドでは、来年2020年にはゲーム人口が6億2800万人になるといわれています。日本のゲーム人口が4000万人強であるのに比べると圧巻です。インドのeスポーツコミュニティの人口も、2014年には30万人だったのが2017年には150万人まで増えたといいます。

 

これらの国々の若者にとってeスポーツが重要なのは、参入コストが非常に小さく、しかも大きな夢を見られる世界だからです。スマホやその通信価格、PCカフェやゲームセンターの利用料などは新興国では非常に安価で、しかも何時間でも遊ぶことができます。そしてスマホでどこからでも観られる各ゲームの世界チャンピオン決定戦の華やかな舞台が、志ある若者の心をどれだけときめかせるか想像に難くありません。1日わずか数円から数百円でプレイしているものの延長線上に、その舞台があるのです。

 

ただ、これらの国々がeスポーツ大国として発展するにあたって、大きな障壁になると思われるものが二つあります。一つは「アスリート」という概念が社会的に希薄であることです。eスポーツに限らず、従来のスポーツに関しても、「アスリートを育て上げて、国際舞台で活躍してもらう」という発想があまりないのです。

 

たとえば、インドは人口13億の大国であるにも関わらず、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは銀メダルと銅メダルをそれぞれ1個ずつ取っただけでした。これはインドの国技であるクリケットがオリンピックの競技になっていない、という事情もありますが、「オリンピックの舞台で自国の国旗を掲げる、そのために国を挙げて選手を育て、応援する」ことに対する熱意がそもそもあまりないようです。この土壌の上にアスリートとしてのeスポーツ選手が育つのか、不安なところではあります。

 

 

そしてもう一つは、ビザ発給の問題です。eスポーツが定着してきたとは言うものの、まだまだ「新興国のゲーマーをアスリートとして入国させる」ことに関して、各国の行政には抵抗があるようです。そもそも、冒頭のアルスラン・アッシュ選手を含めたパキスタンの選手たちがこれまで「無名」だったのも、ビザの問題で各地の「鉄拳」の大会に参加できなかったという背景があるためです。この問題は、eスポーツ業界の今後の行政における影響力がどうなるかにかかっているかもしれません。

 

そういった問題がありながらも、eスポーツの世界に新興国の若者がものすごい規模で参加してきたことは間違いありません。競技レベルのさらなる向上、選手の多様化が進むことによって、競技シーン全体がさらに盛り上がるのではないでしょうか。

 

【参考記事】

格ゲー業界騒然!パキスタン人が異様に強い理由、現地で確かめてみた

ESPORTS IN INDIA IS GROWING RAPIDLY, IT’S HIGH TIME WE GOT SERIOUS ABOUT IT