eスポーツとフェアプレイ

近代スポーツの概念が発達したのは19世紀のイギリスですが、単なる運動競技として発展したのではなく、「フェアプレー」「チームメイトや対戦相手の尊重」の精神を重んじ、養う目的とセットで発展していきました。eスポーツが「スポーツ」の名称を引き継いでいるのも、単にテレビゲームを競技・興行として行うだけでなく、「スポーツ精神」をそこに持ち込むという意味合いがあります。

 

実際に「スポーツ精神」を尊重すべきだという機運はeスポーツの発展とともにますます高まっています。eスポーツ選手は「アスリート」として多くの人にフェアプレーの規範を示すことが期待されています。その期待の裏返しということになるのでしょうか、「フェアでない」「アスリート的でない」行為をしたeスポーツ選手はファンコミュニティを失望させるだけでなく、時に厳しく罰せられます。

 

 

eスポーツ選手にとってはどのようなことが「フェアでない」「アスリート的でない」と見なされるのでしょうか? eスポーツ選手に限らずしてはならないこと、つまり暴力行為を働いたり、ハラスメントや差別発言を行ったりということが罰せられるのは当然ですが(残念ながらeスポーツの世界でも時々そういうことがありますが…)、eスポーツの世界ならではの「アンフェアな行為」もいくつか存在します。今回はそのなかから2つをご紹介しましょう。

 

  1. ブースティング

ブースティングはもともと英語のboost、つまり「後押し」「盛り上げ」という意味の言葉です。もとはポジティブな意味の語句ですが、eスポーツで使われる場合には「他人のアカウントでプレイして、そのアカウントの所持者の代わりにランクを上げてやること」を意味します。日本語では「代行」とも呼ばれています。

 

たいていのeスポーツタイトルには「ランク」の概念が存在し、ランクはプレイヤーのそのゲームにおける実力を示しています。多くのプレイヤーにとって自分のランクが何であるのか、上から数えて何番目であるのかというのは沽券に関わることです。その体面を気にするあまり、他人に自分のアカウントでプレイさせて(多くの場合金銭的報酬を支払って)ランクを上げるプレイヤーが一定数存在します。これがブースティング行為です。

 

プロプレイヤーはブースティングを請け負う誘惑にさらされています。何しろそのゲームのプロなので、ほとんどのプレイヤーより上手いわけですから、アマチュアプレイヤーのランクを上げてやることなど朝飯前であり、それで報酬がもらえるというのは「美味しい」話です。

 

しかし、ブースティング行為を行うことはそのゲームそのものに対する裏切りと見なされます。プレイヤーが自分の実力に応じたランクを持ち、ランクは自助努力で上げていかなければならないというのがeスポーツタイトルの大原則だからです。その原則が崩れれば誰もそのゲームに本気で向き合わなくなり、プレイヤーコミュニティとゲームそのものが消滅してしまいかねません。

 

誘惑にまけてブースティング行為に手を染めたり、アマチュア時代のブースティング行為が発覚したりした場合には、出場停止や罰金、悪質なものは永久追放等の厳しい処分が課されます。

 

  1. チーティング

チートは英単語のcheat、つまり「ずる」という意味ですが、eスポーツでは特に「ゲームを自分に有利なように改変するプログラムの利用」のことを指します。当然ながらゲーム開発者によるプログラムではなく、悪意ある第三者の開発したものです。

 

チートプログラムにはさまざまなものがあり、相手の攻撃スキルを自動で避けるもの、逆に自分の攻撃が確実にあたるように自動で照準を合わせるもの、攻撃力や防御力などのステータスを本来より過大にするもの、本来表示されないはずの情報を表示させるものなど多様です。

 

チーティングがプレイヤーコミュニティとゲームそのものに対する裏切りであるという点では、ブースティング行為と同じですが、一般にチーティングのほうがより悪質な行為であると見なされ、手を染めてしまった選手に対するファンの感情もブースティング行為のそれよりも強いものになることが多く、またより厳しい処罰が下される傾向があります。

 

前述の通りeスポーツタイトルはすべてのプレイヤーが自助努力で上を目指すというのが大原則です。プロのチーティングはプロ自身が自助努力を放棄する行為であるという点で、最大の「あるまじき行為」として認識されるというのが大きな理由でしょう。

 

チーティングはそれを利用したプレイヤーだけでなく、プログラム開発者も法的に厳しい処罰を課されます。ライアット社やブリザード社に訴えられたチート開発者は、何百万ドルもの賠償金を支払う羽目になっています。

 

以上、eスポーツの世界ならではの2つの「アンフェア」な行為をご紹介しました。プロプレイヤーへの社会的注目が集まる中、プロがこれらの行為に手を染めるケースは徐々に少なくなってきているように思いますが、アマチュアの間ではブースティングを請け負うとコミュニティ内で堂々宣言するプレイヤーがいたり、ゲームによってはチーティングの蔓延が問題になっていたりします。eスポーツがまだまだ新しい世界であることもあって、これらの行為がなぜ悪なのか感覚的に理解できていないプレイヤーは多いのかもしれません。ゲームコミュニティの発展のためにも、これらが「アンフェア」であり「してはいけないこと」であることは周知し続けていく必要があるでしょう。