現実世界からデータを収集し、仮想空間で再現する技術であるデジタルツイン。製造業を中心に活用が進んでおり、医療分野や建設分野などでの活用事例も増えています。
また、都市計画への活用も世界的に進んでおり、日本では国土交通省が「PLATEAU(プラトー)」プロジェクトを推進、実際に東京都や仙台市などはデジタルツイン用の3Dモデルを公開しています。
ここでは、デジタルツインの概要や技術、シミュレーションやメタバースとの違い、活用が期待される分野や得られるメリットなどをわかりやすく解説します。さらに、活用事例や今後の課題も紹介します。
デジタルツインとは「現実世界で集めた情報を元に、仮想空間で再現する技術」のことです。仮想空間に現実のコピーをつくることから「デジタルの双子=デジタルツイン」と呼ばれます。
デジタルツインがこれまでの仮想空間と大きく異なるのはリアルタイム性です。カメラやセンサーなどのIoT機器で取得したデータを、AIが高速で分析・処理し、リアルタイムでのシミュレーションを可能としています。
また、シミュレーションした結果は現実世界にフィードバックすることで、現実世界に影響を与えずに解析できるようになることも特長です。
従来型のシミュレーションは、一般的に仮説を立て、それに基づいて実験モデルを構築します。
一方デジタルツインでは、リアルタイムデータを使用して現実世界のコピーをつくり、その中で起きることを分析します。これにより、より高精度な分析・予測が可能となっています。
メタバースは人々がコミュニケーションや経済活動を行う仮想空間のことです。主にアバターを介して交流が行われ、仮想空間にあるモノが現実とリンクしている必要はありません。
一方デジタルツインにおける仮想空間は、現実世界のシミュレーションを行うためのものです。そこにあるモノは、あくまで現実世界に存在するモノの双子(ツイン)となっています。
デジタルツインでは、データを収集する「IoT」、高速で分析する「AI」、高速通信を支える「5G」、人が仮想空間に触れるための「AR」「VR」などの機器が必要になります。
IoT(Internet of Things)とは、モノがインターネットを介して通信し、データを交換する技術のことです。身近な例として、スマート家電やウェアラブルデバイス、電気のスマートメーターなどがあります。
デジタルツインでは仮想空間の精度を上げるために膨大なデータが必要です。そのため、カメラやセンサーを搭載したIoT機器を使い、あらゆるモノのデータを収集し続ける必要があります。
日本語で人工知能とも呼ばれる「AI」。デジタルツインでは、IoT機器を通して収集した膨大なデータを効率的に分析するためにAIが用いられます。
仮想空間で起きたことを現実世界に素早くフィードバックするために、人間よりも圧倒的に早くデータを処理できるAIの力が欠かせません。
5G(第5世代移動通信)とは、従来の無線通信システムである4Gよりも、高速・大容量の通信を実現した無線通信システムのことです。
IoT機器で収集したデータをクラウドサーバーにアップロードし、リアルタイムに仮想空間に反映させるために、5Gの超高速・超低遅延通信は欠かせない技術となっています。
AR(拡張現実)は、ARグラスやスマートフォンなどを用いて現実世界にデジタルの情報・コンテンツを重ね合わせる技術です。VR(仮想現実)は、ヘッドマウントディスプレイなどを用いて仮想空間を現実のように見せる技術です。
この中間とも言えるのがMR(複合現実)で、MRグラスやヘッドマウントディスプレイを用いて、現実世界に仮想空間を重ね合わせます。
デジタルツインでは、これらの技術を応用することで現実世界をデジタル空間上に再現するほか、現実世界へのリアルなフィードバックにも役立てられます。
現在、主に製造、建設、医療業界でデジタルツインの活用が進められています。また、都市計画においても大きな効果が見込まれています。
製造業では、製品そのものや製造ラインの設計・テストなどでデジタルツインが活用されています。
仮想空間でのテストを行うことで、物理的な試作品をつくる回数が減り、開発にかかる金銭的・時間的コストが抑えられます。また、仮想空間で多くのテストを行えば、リリース後の不具合も減らせます。
さらに、製品によっては顧客の手に渡った後もデータを収集できるため、メンテナンスの提案や、改良のために必要なデータの収集も可能です。
建設業では、建物やインフラの3Dモデルをデジタルツインで作成し、計画の段階からシミュレーションを繰り返し行うケースが増えています。
建設前に問題点を洗い出せるようになるため、完成後の不具合を減らせるほか、建物完成後も設備の劣化状況を監視することで、トラブルの早期発見が可能になります。さらに、空調設備の効率稼働のシミュレーションなどにも用いられます。
医療では、機器の故障予防にデジタルツインが用いられています。機器が置かれている環境や使用回数などのデータを収集し、機械学習による予測と組み合わせることで、医療機器の突然の故障を防ぐことに役立てられています。
また、患者の過去の診療データや遺伝子情報、ウェアラブルデバイスで収集した生活習慣データなどを組み合わせ、患者個人のデジタルツインを構築し、病気のリスク予測を行う試みもあります。主に病気の早期発見が期待されています。
デジタルツインは、すでに世界中の都市計画に活用されています。実際の都市のツインを仮想空間につくることで、人の流れをシミュレーションし交通状況の改善に役立てるほか、災害や気候変動のシミュレーションも可能になります。
都市計画への活用は世界的に試みられており、ドバイでは大規模プロジェクトにおけるデジタルツインの利用が義務づけられているほか、シンガポールでは国土のデジタルツイン化が完了しています。
デジタルツインを活用することで得られる4つの代表的なメリットを紹介します。
製品や設備の動作をあらかじめ仮想空間で再現することで、現実世界でのトラブルを未然に防げるようになります。医療機器や航空機など人命に関わるものの故障リスクの低減、製造ラインの事故防止や工場の火災防止などにも役立ちます。
また、仮想空間でシミュレーションすることで、トラブルが発生した場合の対処法も事前に検討できるようになります。
仮想空間でシミュレーションを行うことで物理的な試作品を減らし、短期間かつ低コストでの設計・製造が可能になります。
開発や製造にかかる工数が削減でき、製造までのリードタイムも短縮できるため、ビジネスでの優位性を確保できると期待されています。
販売した製品や、完成した建築物が顧客の手に渡った後も、製品の状態やパーツの消耗具合、インフラの稼働状況などをリアルタイムで把握しシミュレーションできるようになります。
それらのデータを効率的なメンテナンスに役立てることで顧客満足の向上が狙えるでしょう。また、収集したデータは以降の商品開発・設計にも役立ちます。
都市開発にデジタルツインを活用することで、社会課題の解決に役立つと考えられています。
例えば、3Dモデル化した都市で、人の流れや交通インフラをシミュレーションすることで、現実世界の混雑・渋滞緩和に役立つ可能性があります。
気象データと連携し、地震や洪水などの被害予測も可能になります。災害が起こる前から、救援・救助計画などの防災計画が可能となるため、迅速な災害復旧にも役立つと考えられています。
画像出典:トヨタ自動車
デジタルツインの活用はすでに進んでいます。ここでは、国内外の代表的な事例を紹介します。
トヨタ自動車では、新たな生産設備を立ち上げる場合、予期しなかった不具合が見つかり、多くのやり直しが発生することがありました。
そこで、まず仮想空間に3Dモデルをつくり、設計・製造の担当者、実際に生産にあたる作業員らが試すことで、不具合を事前に洗い出すことに成功。自動車を生産する設備づくりから、生産を開始するまでのリードタイムが半分になりました。
JR東日本では、従来より気象情報、防災情報、鉄道運航情報などを収集し鉄道の安全運行に活用していました。しかし、データを別々の情報源から取得するため集約に労力がかかっていました。
そこで、各データを自動収集して一つの地図上に表示する「JEMAPS」を構築。運行情報に加え、警報・注意報、洪水・浸水害・土砂災害などの危険度分布が地図上にリアルタイムで反映されるため、視覚的に判断しやすくなりました。
輸送障害発生時には、地図上を走っている電車のアイコンが乗客数に応じた縦グラフに変化。一目で極端な混雑を把握できるようになり、乗客の救済計画を迅速に立てられるようになりました。
出典:鉄道運行に関わるデジタルツインプラットフォーム「JEMAPS」の導入|JR東日本
アメリカのGE-Aviation は、世界最大の旅客機用エンジン「GE90」をボーイング777型機に提供しています。このエンジンは直径3.3mと巨大で、パーツの交換にかかる労力が大きく維持費が高止まりしていました。
そこで、エンジン前面にある巨大なエンジンブレードの損傷予測にデジタルツインを導入。仮想空間にセンサーを設置し、現実世界でどのような変化が起きるかをシミュレーションしています。
このシミュレーションは使い続けることでアルゴリズムの学習が進んで精度が向上する仕組みとなっており、無駄な部品交換を減らすことに成功。年間数千万ドルのコストの削減を達成しました。
出典:デジタルツインの現状に関する調査研究の請負成果報告書|総務省
鹿島建設は、2020年に竣工したオービック御堂筋ビルの新築工事の全フェーズでデジタルツインを活用しました。これは日本初の試みです。
設計段階ではビル風による周辺環境への影響などをシミュレーションし、施工段階ではMR(複合現実)技術を用いて、3Dモデルと実際の施工状況を照らし合わせる試みなどが行われました。
さらに、竣工後も点検などから得られた情報を収集し、以降の設計・開発に活用する取り組みが行われています。
出典:日本初!建物の全てのフェーズでBIMによる「デジタルツイン」を実現|鹿島建設
2020年より、国土交通省主導の下、日本全国の都市をデジタルツイン化する「PLATEAU(プラトー)」が進められています。地方自治体や企業、研究機関などが連携する官民一体のプロジェクトです。
緻密なインフラ管理や防災計画の策定が可能になることが期待されているほか、子細な都市活動のシミュレーションが可能になることから、高度な都市計画の立案が可能になると考えられています。
「PLATEAU(プラトー)」で整備した3D都市モデルは、誰もが自由に利用できるオープンデータとなっており、まちづくりに関わる知見やノウハウの共有ができます。今後、2027年までに500都市の参画を目指しています。
デジタルツインの導入には課題もあります。ここでは4つの代表的な課題を紹介します。
デジタルツインは精度が肝となります。そのためには、高品質なデータと高度なシミュレーションが必要になります。これらが担保されていないと、現実世界と仮想空間がリンクしません。
データの品質を高めるには、カメラやセンサーから正確なデータをできるだけ多く取得する必要があります。そのため、製品や製造ラインなど比較的小さなものであれば、デジタルツインは比較的容易に機能します。
一方、都市全体のような大きな範囲となると、データを漏れなく収集することは技術的に困難です。そのため、どのデータを優先して取得しシミュレーションするかの高度な判断が必要とされるのが現状です。
デジタルツインの構築にあたっては、カメラやセンサーなどのIoT機器、データをアップロードするクラウドサーバー、データを分析・処理するAIシステムなどが必要になります。
比較的小さな範囲でのデジタルツイン構築であれば、かけたコストに見合うリターンを得やすい一方で、建物全体、街全体など広い範囲になると、コストが膨れ上がり採算が合わないケースも出てきます。
デジタルツインのために収集するデータには、個人情報などプライバシーに関わるデータが含まれる場合があります。デジタルツインを行う場合は、これらのデータを適切に管理しなくてはなりません。
データを収集するIoT機器はインターネットを介してクラウドサーバーに接続するため、サイバー攻撃などによる情報漏洩のリスクも考えられ、やはりこれにもコストがかかります。
デジタルツインはIoTテクノロジーを広く活用するソリューションのため、ITエンジニアをはじめとしたデジタル人材が必要です。
しかし現状、日本のデジタル人材は不足しており人材の確保が難しい場合があります。また、企業が人材を育成するとしても一定の時間がかかります。
IoTやAI、5Gなどの最新技術を活用し、現実世界をリアルタイムで仮想空間に再現するデジタルツイン。製造業や建設、医療、都市計画など幅広い分野での活用が進む一方で、データの質の確保やセキュリティ対策、人材育成など、解決すべき課題もあります。
こうした課題を克服しながら、日本のDXを加速させ、社会課題を解決する重要な技術として、今後より開発が進むことが期待されています。