AI倫理とは? 倫理的問題や背景、企業・世界の取り組み事例を紹介

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私たちの生活に浸透し、社会を大きく変えようとしているAI。その進化はめざましく、同時に倫理的な問題が浮上しています。

 

AIが人間の尊厳を脅かすことなく、多くの人に利益をもたらすためには、どのような倫理観を持って開発・利用していくべきなのでしょうか。

 

この記事では、AI倫理の基礎知識、論じられる背景、想定される問題点や、企業や世界の取り組み事例などについて解説します。

 

AI倫理とは

AIの開発・利用において、人間の尊厳や権利を守り、社会に悪影響を与えないようにするための倫理を「AI倫理」と呼びます。問題を防ぎ、公平で安全なものにするための議論が現在進行形で行われている状況です。

 

AIは膨大なデータを学習します。そのため、学習内容に含まれるデータによっては、プライバシーの侵害や偏見の助長といった問題が起こります。今後さらにAI技術が発展していく中で、倫理的な枠組みを定め、社会全体で守って行くことが調和を保つポイントになると考えられています。

 

AI倫理が論じられる背景

AI倫理が注目される背景として、AI技術の急速な発展と普及により、社会のさまざまな側面に深く影響を与えていることが挙げられます。ここでは代表的な三つの背景についてみていきます。

 

AIの急速な発展・普及

近年、AIが私たちの生活の至るところで利用されるようになりました。ITや金融分野はもとより、行政機関や医療業界、自動車業界の自動運転車など、利用が広がっています。また、AIそのものの進化も驚くほど早く、数年前では考えられないレベルに達しています。

 

その一方で、十分な議論がないままAIが発展したため、学習データのプライバシー問題や公平性といった課題が浮上しています。こうした問題に対処するために、AI倫理が重要になってきました。

 

人間の脳と同レベルのAIが誕生するシンギュラリティ(技術的特異点)は、早ければ2029年にも訪れると考えられています。AI倫理を整備する時間的猶予はあまりない状況です。

 

AIの学習能力の高さゆえのリスク

AIの素晴らしいところは、大量のデータを学習し、それを元に人間には真似できないスピードで文章や画像を生成できることです。しかし、AIが学習したデータの内容や、生成のアルゴリズムが分かりづらくなっていることも事実です。

 

AIが学習したデータや生成アルゴリズムに偏りがあると、AIの判断に影響します。例えば、人種や性別、出生地や障害などに対する偏見を助長しかねません。こうした事情から、近年ではAIの学習データやアルゴリズムに、透明性や倫理的な配慮が必要と考えられるようになりました。

 

社会的影響の大きさ

AIは、私たちの社会に大きな影響を与え始めています。例えば、自動化によって仕事が効率的になる一方で、AIに仕事が置き換わることで仕事を失う人もいると考えられます。

 

また、AIの利用が増えると、決定や生成したものに偏りが生じる心配があります。特に、融資や採用の判断にAIを用いる場合、AIが誤った判断を出した場合の影響は大きく、結果が適切かをどのように監視するか、そもそもAIを利用すべきことなのか、といったことも考えなくてはいけません。

 

今後、AIの利用シーンが増えるほど、社会的な公正性を保つために倫理的な視点からのチェックが欠かせなくなると考えられます。

 

AI活用で想定される4つの倫理的問題

AIの活用が進む中で、私たちはいくつかの倫理的問題に直面しています。ここでは、代表的な4つの倫理的問題について詳しく見ていきます。

 

1.プライバシーの侵害

AIは膨大なデータを収集・分析する能力を持っています。しかし、データの中には個人情報が含まれることもあり、プライバシーが侵害されるリスクがあります。

 

例えば、顔認識技術は犯罪防止やセキュリティ向上に役立つ一方で、個人の行動を監視するために悪用される可能性もあります。プライバシーを保護するためには、データの収集・利用において透明性を確保し、適切な管理とセキュリティ対策を行うことが必要になります。

 

2.公平性の欠如

AIは膨大なデータを読み込んで学習します。しかし、その学習データに偏った内容が含まれている場合、生成したデータにバイアスがかかります。

 

例えば、人事の採用や、銀行融資の判断にAIを用いた場合、学歴や性別、人種などの特徴に基づいて不公平な結果を出すことがあります。

 

公平性を高めるためには、AIの学習データやアルゴリズムの透明性を高め、バイアスを排除する取り組みと共に、AIが出した結果をどのようにチェックするかを考える必要があります。

 

3.不透明性

AIのアルゴリズムが複雑化することで、その判断過程が不透明になると考えられます。また、学習データとしてどのような資料が使われたかも不透明です。

 

透明性を確保するためには、AIの判断過程を説明できるような取り組みが必要です。そのためにAIの進化スピードに制限がかかったとしても、AI倫理の観点から考えると、AIがどのように判断したかを公開する努力が必要になります。

 

4.責任の所在

AIの判断が原因で問題が発生した場合、その責任の所在が不明確になりがちです。例えば、医療現場でAIが誤診を行った場合、その責任がAIにあるのか、AIを活用した病院側にあるのかを明確にすることは困難です。

 

AIの利用に際しては、責任の所在を明確にするためのルールやガイドラインの整備が必要です。その上で、AIの開発者や利用者が、そのルールやガイドラインを厳守する必要があります。

 

AI倫理に関する取り組み事例

AI倫理に関する取り組みはすでに始まっています。ここでは、日本企業のAI倫理に関する取り組みの一部を紹介します。

 

ソニーグループの取り組み事例

ソニーグループでは、「ソニーグループAI倫理ガイドライン」を定め、責任あるAIの活用と研究開発を推進しています。

 

ガイドラインでは、プライバシーの保護、公平性の尊重、透明性の追求を含む7つの重要な柱を掲げ、法令や社内規則に基づき個人情報のセキュリティを強化し、顧客の意思を尊重したデータ管理を徹底することを明記しています。

 

また、不当な差別を防ぐため多様性や人権を重視し、社会課題の解決に取り組むと共に、AI判断の理由や影響を分かりやすく伝える仕組みづくりも進めています。こうした取り組みは、同社のウェブサイトで広く公表されています。

出典:ソニーグループのAIへの取り組み

 

NECグループの取り組み事例

NECグループは、AIの活用において「人権の尊重」を重視し、リスク軽減に取り組んでいます。

 

原則として経済産業省のガイドラインに基づき、変化に柔軟に対応できるアジャイル・ガバナンスを導入。リスク軽減プロセスでは、AIプロジェクトの潜在的なリスクを事前に評価し、人権リスクに対しての社内ルールやガイドラインを整備しています。

 

さらに、さまざまなステークホルダーと連携し、産業界や政府機関、国際機関、大学などとも対話を行い、AI利用に関する意見交換や知見の共有を行っています。

出典:AIと人権

 

Microsoftの取り組み事例

Microsoftは、AIの信頼性を企業戦略の重要な柱と位置づけ、2018年に、AIの責任ある開発と利用を促進するための6つの基本原則を設定しました。

 

公平性、信頼性と安全性、プライバシーとセキュリティ、包括性、透明性、アカウンタビリティ(説明責任)を中心に据え、AIがすべての人の利益のために活用されることを目指しています。

 

また、グローバルなAIガバナンスの枠組みの構築も行っており、各国のAIポリシーが相互運用できる状況や、AIの恩恵が広く共有されることを目標に定め、多くのステークホルダーと協力し、経験や知見を共有しています。

出典:責任ある AI プラクティスの強化

 

AI倫理に関する世界の取り組み

世界ではAI倫理に関する取り組みが始まっています。2021年にはユネスコがAI倫理勧告を採択し、今後のAI倫理における方向性を示しました。日本やEUの取り組みも合わせて紹介します。

 

ユネスコのAI倫理勧告

ユネスコのAI倫理勧告は、AIの公平な発展と利用を実現するための国際的な枠組みとして2021年に採択されました。

 

ユネスコのAI倫理勧告ではAIの恩恵を最大化しつつ、リスクを最小化する具体的な指針を世界で初めて包括的に示しました。人間の尊厳や人権の尊重、環境との調和といった普遍的価値を土台に、安全性、公平性、プライバシー保護など10の重要原則を定めています。

 

倫理的影響評価の実施、プライバシー保護のためのデータガバナンス、途上国支援のための国際協力など、11分野での実践的な政策措置を提示すると共に、先進国と途上国の間の情報格差を解消し、すべての人がAIの恩恵を享受できる社会の実現を目指す方針が示されています。

 

ユネスコのAI倫理勧告が採択されたことで、世界各国がAIの開発・利用において共通の倫理観を持ち、公平なAI社会の構築に向けて協調して取り組むことが可能となりました。

参考:UNESCOのAI倫理勧告

 

人間中心のAI 社会原則

内閣府が提唱する「人間中心のAI社会原則」は、AIが人間の尊厳を尊重し、多様性や持続可能性を実現する社会を目指すためのガイドラインです。

 

AIの開発・利用に際して、人間の価値や社会的な利益を中心に据えるべきという理念を示し、人間中心、教育・リテラシー、プライバシー保護、セキュリティ確保、公正競争、公平性と透明性、イノベーションといったAI利用における基本原則を掲げています。

 

内閣府では、この原則をもとに企業や研究者が遵守すべき具体的なガイドラインや政策を整備する方針です。

参考:人間中心のAI 社会原則

 

EU AI規則

EUのAI規則(AI Act)は、AIシステムの利用に関する初の包括的な法令として、2024年7月に公布されました。2026年8月からの施行が予定されています。

 

主にAIシステムをリスクレベルで分類し、禁止対象(許容できないリスク)、ハイリスク、限定的なリスク、最小限のリスクに応じた規制を課していることが特徴です。禁止対象には、サブリミナル技術やソーシャルスコアリングが含まれます。

 

ハイリスクに分類される内容には厳格な管理基準があるほか、限定的なリスクには情報開示が義務付けられます。最小限のリスクについて規制はありませんが、AI倫理に従った自主的な行動が推奨されます。

参考:EU AI規則の概要

 

まとめ

AI倫理は私たち人類にとって、未来を左右する重要なテーマになりつつあります。時間的な猶予があまりないと考えられることもあり、具体的な行動に移す動きが世界中で始まっています。

 

今後、さらにAI技術が進化していく中で、倫理的な課題を解決し、AIと人間が共存するより良い未来を創造していくことが、私たち人類に課せられた使命と言えるのかもしれません。

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