eスポーツ・インタビュー

次世代への希望を見据える 日本テレビのeスポーツ事業

2010年代後半、インターネットの動画サイトを中心とした「新興メディア」の台頭にあわせて「eスポーツ」の認知が高まる中、大手メディアであるテレビ局もeスポーツに参入し始め、テレビ局によるeスポーツ大会の主催や番組なども見かけるようになりました。

 

その中で日本テレビは、ほかのメディアがあまりやっていなかった「チーム運営」をeスポーツ事業の中心に据えて展開するという新しい動きを見せています。

 

いま、日本テレビがなぜ、eスポーツに、それもチーム運営に取り組むのか。その目的や課題について、日本テレビの子会社としてチーム運営を担うアックスエンターテインメント株式会社の代表取締役である小林大祐様にお聞きしました。

 

 

「新規事業」の第一人者

――本日はよろしくお願いいたします。まずは、小林様ご自身とアックスエンターテインメントという会社について、ご紹介お願いいたします。

 

小林大祐氏(以下、小林):アックスエンターテインメント 代表の小林です。私は株式会社リクルートでキャリアをスタートしたのですが、所属したのが新規事業の部門で、最初のうちから教育事業やインターネット事業等の新規事業立ち上げに携われるという恵まれた環境でした。リクルートにはかなりしっかりした新規事業提案コンテスト制度があり、そこでフリーペーパーの「R25」を発案して実現にこぎつけるということもやりました。R25は今もWEBメディアの形で続いていますね。

 

その後、米国にMBA留学し、コンサルティング会社のマッキンゼーでの勤務を経て、グリー株式会社に入りました。自分が入った当時は100人くらいの会社でした。そこでは先行していたミクシィさんやDeNAさんに対抗する形で、ソーシャルゲームのプラットフォームを立ち上げることにプロジェクトマネージャーとして参加しました。それがうまくいったこともあって、会社はものすごい勢いで規模を伸ばしていき、自分がいた4年間で、100人の会社が最後は2,500人ほどの規模になっていました。

 

一方で、海外経験も活かして世界各地の海外拠点の立ち上げにも関わります。北京、ソウル、シンガポール、ドバイ、アムステルダム、ロンドン、サンパウロと、各地で小さなオフィスを借りながら現地の人を雇い入れていきました。ロンドンではソーシャルゲームの開発を行うゲームスタジオまで立ち上げたのですが、ところがここで、世間的に大きな話題となったいわゆる「コンプガチャ問題」が発生し、大変な逆風になりました。結果として、自分で作った海外拠点をほぼ全て自分で閉めていくことになりましたね。

 

そういうわけで、新規事業として自分で始めたものを拡大していくのと、逆に畳んでいくのと両方を体験し、今の職場である日本テレビにやって来ることになりました。

 

日テレでは社長室企画部という部署に入って、リクルートで自分が活用したような、新規事業提案の制度を作ることになりました。「NTVIP」、つまり「日テレイノベーションプログラム」という名称の制度なのですが、早速社内から多数の応募があり、驚いたことに複数の異なるチーム、人数でいえば18名から “eスポーツ” に関する事業企画が上がってきたのです。

 

 

これはいったい何だろうと思い、自分でもeスポーツの代表タイトルと言われる「リーグ・オブ・レジェンド」を仕事帰りにネットカフェでやってみました。そうしたらあまりにおもしろくて、あっという間にのめりこんでしまった(笑) ゲームそのものもおもしろいですが、「観戦」も大規模に行われていて、ひとつのタイトルで世界に1億人のプレイヤーがいて、最強を決める世界大会の決勝戦はオリンピックスタジアムとか、ワールドカップスタジアムとかでやるんです。日本でも、国内プロリーグの決勝戦では幕張メッセに4,000人の観客が集まりました。これはぜひ自分でやりたいという思いが湧き上がり、結果、新規事業「制度」の担当だったのが、新規事業そのものの代表者になりました。そしてもろもろの手続きの円滑化のため日本テレビの子会社としてアックスエンターテインメント株式会社を立ち上げ、代表となりました。

 

日本テレビにとっての “eスポーツ”

――18人もの方がeスポーツに着目し、そして日本テレビとしても子会社まで作るというところまで進んだ背景は何でしょうか?

 

小林:既存のテレビの視聴者は徐々に少なくなってきており、若い層では顕著です。これは不可逆な変化ですから、既存のテレビの枠組みで若者がテレビに戻ってくるコンテンツを何とかして作ろう、というのは違うんですね。そこで日本テレビは中期経営計画に「テレビを越えろ」というテーマを掲げて、テレビの枠にとどまらないコンテンツをどんどん開発していこうということになりました。そうすると、まさにテレビから離れている若い世代がコンテンツとして何を求めているかを考えることになります。

 

私も子供がいるからわかるのですが、今の子供はオンラインで対戦ゲームをやって盛り上がるというのが当たり前になっています。ニンテンドースイッチの累計ソフト売上はトップがスマブラ、2位がスプラトゥーン、3位がマリオカート。上位3つをオンライン対戦の盛んな対戦ゲームが独占しているんですよ。こういう状況ですから、eスポーツは今後プレイヤーも観客も、層がものすごく厚くなります。なので、短期的な視点でなく、長期的に見ればeスポーツは今後大きくなるとしか思えない。

 

先行している海外の状況を見れば分かるとおり、eスポーツというのは若者向けのマーケティングで、若者に企業がブランディングをしたり、メッセージを伝えたりするための重要な手段になっています。たとえば、世界的な自動車メーカーであるメルセデスが、中国で一昨年行われたリーグ・オブ・レジェンドの決勝戦のスポンサーになって、会場に巨大なブースを構えました。メルセデスはeスポーツファンを、比較的高学歴でITに詳しく、大学を卒業すれば大手企業に入って高給取りになる、「未来の優良顧客」ととらえています。だからeスポーツの大きなイベントは彼ら彼女らにブランドを刷り込むための良い機会なのです。

 

「チーム運営」という選択と、その苦難

――ほかの大手メディアのeスポーツ参入では、大会の主催者やスポンサーになるというパターンが多いですが、その中で日本テレビは「チームを作る」という選択をとりました。これはどのような狙いでしょうか。

 

小林:eスポーツの主役は選手であり、チームです。チームや選手が戦っていて、それを見て憧れ、応援したいと思うというのがeスポーツの本質なので、その本質の部分をやるべきだと思いました。本質の部分で日本一、あるいは世界と戦えるチームを持つことで、日本テレビがeスポーツでシーンの中心にいると思ってもらえると考えました。そういうわけで設立されたのが日本テレビのeスポーツチーム「AXIZ(アクシズ)」です。

 

チーム事業を段階的に大きくしていこうと思っていたので、まずは一つのタイトルでチームを始めようとしていたところ、幸運にもシャドウバースの公式プロリーグ「RAGE Shadowverse Pro League」に参入する機会がありました。2019年に入ってからはさらに、LJL(League of Legends Japan League)というリーグ・オブ・レジェンドの日本のプロリーグにも参入することができたので、この2つのタイトルに格闘ゲーム部門を加えた3部門でAXIZは活動しています。

 

――立ち上げからかなり短い期間で、国内の2つのビッグタイトルのプロリーグに参入できた印象です。

 

小林:公式リーグについてはビッグタイトルで運営母体もしっかりしているからこそ、選手への最低報酬などの規定が明確で、新卒の初任給を超える報酬を毎月選手に払っています。選手に報酬を払うのは、プロeスポーツの発展をさせる上で重要です。ただ、ビジネス的には相当な費用にはなります。リーグからも出演料報酬という名目での支援金をもらいますが、それだけでは足りなく結構な赤字ですので、スポンサー営業をする必要があります。

 

ところが、日本ではやはり数千万円単位の金額をeスポーツにスポンサーとして投じるという状況ではまだまだないですね。eスポーツの認知も理解も進んでいない。その背景としては、若者向けのマーケティングそのものについて日本には勢いがないというのがあります。先ほどメルセデスの例を紹介しましたが、日本のeスポーツは有力企業が若者向けの大規模なブランディングに活用するというふうにはまだなっていない。eスポーツをビジネスとして成功させるには自分たちでそれを醸成していく必要があるというのが、現状の課題ですね。

 

eスポーツチームにスポンサーしてもらうというのは大変なことで、少なくとも1年間のお付き合いになり、長期的なコストパフォーマンスで考えてもらうことになります。しかしスポンサーしてもらうことによってどれくらいのインプレッションを提供できたのか定量化するのは難しい。チームが勝って調子の良いときはまだいいですが、負けが込んでくることもありますし、選手は社会経験のない若者が多いですから、問題を起こしてしまう可能性もないわけじゃない。そうした背景もあり、特にeスポーツという新しい世界で、企業様に納得してスポンサーになってもらい、継続してもらうのは大変です。

 

 

チーム運営に関して最近話題のトピックとして、お金の配分の話があります。スポーツもeスポーツも、勝つのと負けるのとでは、賞金が入るか入らないかという形で、入ってくるお金が大きく違ってしまいます。ですが賞金は水物なので、通常の予算には入れられない難しい代物です。それもあって、チームと選手との間で賞金をどう配分するかというのはしっかり考えないといけなくなってきます。契約に基づいて、チームが何割とって、選手が何割とるという形ですね。選手からしたら、スポンサー収入はともかくなぜ自分たちが勝ち取った賞金までいくばくかをチームに取られるのかという思いがあるかもしれない。

 

ただチームとしては、特にeスポーツはそもそも赤字で日常の運営予算がカツカツであるなかで、賞金を得ることでたとえば設備を充実してさらなる勝利や選手のPRにつなげるような単発的な特別な投資や、勝利記念イベントなどの形で応援して下さったファンへの還元が可能になるという面があります。それは選手にも悪い話ではありません。何よりベースのところでは勝利に向けてチームと選手の利害を一致させて一丸となって取り組むというマインドと行動の一致があります。だからチームにも賞金の配分があるというロジックになるんですが、こういったロジックを日本テレビのスポーツ局の人たちから、長年のプロスポーツ界の知見に基づくものとしてしっかり聞くことができました。プロスポーツや芸能の世界の長年の知見を活かせるあたりはほかのeスポーツチームよりも恵まれている点かもしれませんね。

 

――非常に大変なことが多いという実感が伝わってくるのですが、そんな環境の中で、今後のAXIZの将来像について、現段階でどのように思い描いているか教えてください。

 

小林:AXIZは、日本テレビの将来を担うような取り組みだと思っています。特にスポンサーをしてもらうという点で日本のeスポーツは課題が多いですが、長期的には必ず大きなものになります。

 

チームも日本一を目指すのみならず、世界で活躍するものに育てて生きます。もちろん、テレビ番組への露出も増やしたいですし、一般のニュースで、野球やサッカーの今週のハイライトをやっているのと同じように、eスポーツのハイライトをやるようになるだろうと思いますね。